『日輪の遺産/新装版』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『日輪の遺産/新装版』(浅田次郎), 作家別(あ行), 書評(な行), 浅田次郎

『日輪の遺産/新装版』浅田 次郎 講談社文庫 2021年10月15日第1刷

これこそが、浅田次郎だ。
号泣必至! 敗戦後の日本を守るために命を懸けた人々を描く、魂揺さぶる物語。

その額、時価200兆円。敗戦後の日本を復興に導くため、マッカーサーから奪った財宝を隠す密命を日本軍は下す。それから47年。不動産事業で行き詰った丹羽は、不思議な老人から財宝の在り処を記した手帳を託される。戦争には敗ける。しかし日本はこれでは終わらない。今こそ日本人が読むべき、魂の物語。(講談社文庫)

浅田次郎の本を読もうと思うようになった一番の理由は何だったのか。つらつら考えるに、なんだそんなことだったのだ、という結論に至ります。

浅田作品はどれも面白い。涙し、笑い、憤慨し、余韻に浸りながら自然と襟が正されていく」(解説より) ということは、確かにそうに違いない。それでも読もうとしなかったのは、多分、私が今よりずっと若かったからだと思います。

他に読みたいと思う作家が何人もいました。これはと思う新人作家の作品が次から次へと登場し、すでにスタンダードの域にあった浅田作品を 「読むのは今でなくてもかまわない」 という気持ちがどこかにありました。歳を取り、今に至って、それがそうは言っていられなくなりました。

時はバブル経済がはじけた後の平成の世。苦境に立つ不動産会社社長の丹羽明人は、府中競馬場で真柴という老人と出会う。ところが一冊の黒革の手帳を丹羽に託した直後、老人は心臓発作を起こして死んでしまう。

そこには、敗戦直前、陸軍が臨時軍事費の名目で国庫から出させた九百億円を秘匿したことが記されていた。簡単な手帳の記述の背後にあった資金運びの隠密行と、それを読み解く現代が交錯しながら展開する。老人はかつて密命を帯びた陸軍少佐だったのだ。

お宝を追う物語と思いこみワクワクしている頭の片隅に、ずっとひっかかるのが 「序章」 の存在だ。十三歳の女学生三十五人がトラックの荷台に乗せられ、どこかに運ばれていった。戦時中でも明るさを失わず、しかも軍国少女の彼女たちは、運ばれた先でもけなげに働く。だが、過酷な運命が待ち受けていた。真柴少佐の奮闘もむなしく、運命の歯車は止まらなかった。これだけでも目頭を熱くするに十分なのだが、さらに一段先がある。

九百億円 (物語の舞台である平成初期の時価ではなんと二百五十兆円) は、本土決戦のための軍事費ではなく、戦後の危機を乗り越えるための資金だった。丹羽が 「欲がなくなったとき、こいつは宝さがしの物語じゃねえと気付いたんだ。つまりだな、これは 国生みの神話だ」 と看破したことが肝となる。

大団円に向けて物語は疾走する。お宝が隠されている場所に至った者は、どうしてもそれを手にすることができない。崇高な意思を問う “守り神” がいたからだ。その神を前にすると卒然と自らを省みる。「責任の自覚、そして勇気」 があるか、お宝を手にする覚悟があるかを問われるのだ。「勇気だけが、歴史を作る」 のである。この声こそが “日輪の遺産” であった。(解説より)

文庫の表紙をご覧ください。終戦間際の話でありながら、描かれているのは戦車でも、戦闘機でも、兵隊でもありません。ある特別な使役のために召集された、私立森脇高女の二年生三十五名のうちの一人の少女が描かれています。

当時十二、三歳だった少女たちは、著しい苦境にあって、尚神国・日本の勝利を信じています。表紙の絵の少女は、凛として前を向き、敵と闘う姿勢に満ち溢れています。長い髪を束ねた鉢巻きには、深紅の日の丸を間に挟んで「七生報國」 と書いてあります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆浅田 次郎
1951年東京都中野区生まれ。
中央大学杉並高等学校卒業。

作品 「地下鉄に乗って」「鉄道員」「壬生義士伝」「お腹召しませ」「中原の虹」「帰郷」「獅子吼」「天国までの百マイル」他多数

関連記事

『長いお別れ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『長いお別れ』中島 京子 文春文庫 2018年3月10日第一刷 中央公論文芸賞、日本医療小説大賞

記事を読む

『さようなら、オレンジ』(岩城けい)_書評という名の読書感想文

『さようなら、オレンジ』岩城 けい ちくま文庫 2015年9月10日第一刷 オーストラリアに流

記事を読む

『にぎやかな湾に背負われた船』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな湾に背負われた船』小野 正嗣 朝日新聞社 2002年7月1日第一刷 「浦」 の駐在だっ

記事を読む

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎)_書評という名の読書感想文

『アルマジロの手/宇能鴻一郎傑作短編集』宇能 鴻一郎 新潮文庫 2024年1月1日 発行 た

記事を読む

『あちらにいる鬼』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あちらにいる鬼』井上 荒野 朝日新聞出版 2019年2月28日第1刷 小説家の父

記事を読む

『こちらあみ子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『こちらあみ子』今村 夏子 ちくま文庫 2014年6月10日第一刷 あみ子は、少し風変りな女の子。

記事を読む

『能面検事の奮迅』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『能面検事の奮迅』中山 七里 光文社文庫 2024年4月20日 初版1刷発行 大阪地検のエー

記事を読む

『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初版 大丈夫、ま

記事を読む

『なぎさ』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『なぎさ』山本 文緒 角川文庫 2016年6月25日初版発行 人生の半ば、迷い抗う

記事を読む

『肉弾』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『肉弾』河﨑 秋子 角川文庫 2020年6月25日初版 大学を休学中の貴美也は、父

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

『これはただの夏』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『これはただの夏』燃え殻 新潮文庫 2024年9月1日発行 『

『小さい予言者』(浮穴みみ)_書評という名の読書感想文

『小さい予言者』浮穴 みみ 双葉文庫 2024年7月13日 第1刷発

『タラント』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『タラント』角田 光代 中公文庫 2024年8月25日 初版発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑