『首の鎖』(宮西真冬)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/07
『首の鎖』(宮西真冬), 作家別(ま行), 宮西真冬, 書評(か行)
『首の鎖』宮西 真冬 講談社文庫 2021年6月15日第1刷

さよなら、家族
「妻を、殺してしまいました。」 介護、DV - 家族の鎖につながれた二人のエスケープ。家族に苦しむあなたへ
勝村瞳子、独身。自分を疎ましがる母の介護と、実家の店でこき使われているうちに一日が終わる。恋人には、妻がいる。そんな中、病院の待合室で丹羽顕と出会う。彼は、妻からのDVに悩まされていた。愛しているのに苦しい、実家への複雑な想いを始めて理解し合えた二人は、ある殺人事件を機に共犯者となるが - 。(講談社文庫)
妻は4月に、私は6月に、二人は夫婦揃って今年満65歳になりました。明らかに体力は落ち、無理が効かなくなりました。介護について、する側の人間だとばかり思っていたものが、今や、される側になりつつあります。
年金受給の知らせと共に、市の保険課からは介護保険専用の被保険者証が届きました。保険料徴収の案内があり、私たち夫婦は正真正銘の 「高齢者」 となりました。いささか抵抗があるにはありますが如何ともし難く、受けとめざるを得ません。
なぜこんなことを始めに書いたのか - 本来なら薄幸の主人公・瞳子の心情にこそ思いを寄せるべきところを、私は最初、私が現実に 「介護を受ける身になった」 ときのことを考えました。タイミングもあり、嫌でも考えさせられました。この小説に登場する瞳子の祖母や母の状態に、私も妻も、いずれはなるのだろうと。
その時、もしも瞳子のような、従順で働き者の娘がいたとしたら、何をおいても傍に置いておきたいと思うはずです。疎まれ、時に邪険に扱われたとしても、たとえ 「早く死ねばいい」 と思われていたとしてもです。
勝村瞳子の話をしましょう。
瞳子は高校卒業後、祖母の介護にはじまり、続いて母の介護までをも、彼女一人が担うことになります。当初は彼女が望んでしたことでもあったのですが、父が経営する店の手伝いもやらされて、結果、彼女は若い女性らしい時間を一時たりとも過ごすことができません。
現在の瞳子は、母には呼び出し専用のブザーを持たされて、昼夜関係なく世話をさせられ、空いた時間は店に出る - その繰り返しの毎日で、瞳子はまるで化粧っ気がありません。婚期を逸し、彼女はじきに40歳になろうとしています。
店を切り盛りする父も、病床の母も、娘のその状況を、実はわかりすぎるくらいにわかっています。百も承知で、見て見ぬふりをしています。
家族にがんじがらめにされ、自由な時間も持てずに束縛されるとしたら、それでも、それを家族の 「絆」 と言えるでしょうか?
家の都合に、親のエゴ。夫婦の間に生じる亀裂。自分を犠牲にしてまで親の言い付けを守り、妻からのDVを耐え忍ぶということについて。
「絆」 と呼ぶものは、実は、首に巻かれた 「鎖」 ではないのでしょうか。
この本を読んでみてください係数 80/100

◆宮西 真冬
1984年山口県生まれ。
作品 「誰かが見ている」で第52回メフィスト賞を受賞し、デビュー。他に「友達未遂」。
関連記事
-
-
『嵐のピクニック』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
『嵐のピクニック』本谷 有希子 講談社文庫 2015年5月15日第一刷 第7回(2013年)
-
-
『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文
『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発行 綺麗なものにだけ目を
-
-
『刑罰0号』(西條奈加)_書評という名の読書感想文
『刑罰0号』西條 奈加 徳間文庫 2020年2月15日初刷 祝 直木賞受賞!
-
-
『感染領域』(くろきすがや)_書評という名の読書感想文
『感染領域』くろき すがや 宝島社文庫 2018年2月20日第一刷 第16回 『このミステリーが
-
-
『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲)_書評という名の読書感想文
『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲 新潮社 2023年10月20日 発行 いま最
-
-
『菊葉荘の幽霊たち』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『菊葉荘の幽霊たち』角田 光代 角川春樹事務所 2003年5月18日第一刷 友人・吉元の家探しを手
-
-
『いちご同盟』(三田誠広)_書評という名の読書感想文
『いちご同盟』三田 誠広 集英社文庫 1991年10月25日第一刷 もう三田誠広という名前を
-
-
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)_書評という名の読書感想文
『銀河鉄道の夜』宮沢 賢治 角川文庫 2024年11月15日 3版発行 あなたの時間を少しだ
-
-
『国境』(黒川博行)_書評という名の読書感想文(その2)
『国境』(その2)黒川 博行 講談社 2001年10月30日第一刷 羅津・先鋒は咸鏡北道の北の果
-
-
『空中庭園』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『空中庭園』角田 光代 文春文庫 2005年7月10日第一刷 郊外のダンチで暮らす京橋家のモッ