『回転木馬のデッド・ヒート』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『回転木馬のデッド・ヒート』村上 春樹 講談社 1985年10月15日第一刷


回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

 

村上春樹が30歳の半ば、まだデビューして間もない頃の短編集です。この本には7つの短編が収められているのですが、私がみなさんに最も読んでほしいと思うのは冒頭のほんの短い文章です。タイトルは「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート」となっています。

7ページ程の分量ですので、ここだけ読むならわざわざ本を買うこともないくらいです。但し、それだけで満足すれば、の話です。最初の数ページに書かれてあることを、きっとあなたは確かめたくなると思います。7つの短編は、その検証のためにあります。
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村上作品の中で、特に短編なんかを読んでいると、ときたま訳の分からない話に出合って、面食らったりすることがないですか? 表向き(だと思い込んでいる)の文章に隠れた真実を見つけ出そうと必死になるのですが、どんなに考えてもとりとめがないような。

『カンガルー日和』の感想のときにも書いたのですが、いきなり金星生まれの物静かな男(金星生まれですよ!? そんな奴おるんかいなという感じ)が登場してきたかと思うと、今度はその男が自分の住む星の死生観などというものを語り始めるわけです。

天気の良い月曜日の朝に、若い男女がカンガルーの赤ん坊を見物に行く〈だけ〉の話であったり、留守番を頼まれた家で幽霊がパーティーをするのを眺める〈だけ〉の話をどう理解したらよいのか、頭を抱えた方はたくさんおられるはずです。

そのヒントと言いますか、それぞれの物語を生み出すために集められた材料の仕分け方と加工方法がここには解説されているのです。これを知っておくと、読むのが楽になって、〈無駄な〉フラストレーションも少しは解消されるんじゃないかと思うのです。
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村上春樹は、この本の冒頭でいきなり「これは正確な意味での小説ではない」と言っています。本来は長編を書くためにウォーミング・アップのつもりで書き始めた、謂わば〈スケッチ〉みたいなものだというのです。

気まぐれに書いた断片的な文章と同じで、机の中に放り込まれて、活字にする予定などまったくなかったはずのものが、書き進めているうちに、村上春樹にはある共通項があるように感じられてきます。それらが「話してもらいたがっている」ことに気付くのです。

例えば、小説を書く材料となる断片を選び取るとき、どうしても使いきれない〈おり〉のようなものが溜まってくる。その〈おり〉のようなものが〈スケッチ〉だと言うのです。その〈おり〉が、語られる機会が来るのをじっと待ち続けていたと感じるわけです。

〈おり〉を〈スケッチ〉にしてまとめたもの、それがこの『回転木馬のデッド・ヒート』なのです。「本当の小説」ではないことを承知しながらも、このような形でまとめあげる以外にとるべき方法がなかったのだと村上春樹は言います。

わざわざ断った理由は、ここに収められた文章が原則的に事実に即しており、他人から聞いた話をそのまま文章にしたという点です。話を面白くするための誇張もなく、つけ加えたりもせずに、雰囲気を壊さないように、ただ文章をそのまま移しかえたつもりだと。

だから、変に感じることだってありますよ・・・これを村上春樹が言うと「もしそれぞれの話の中に何か奇妙な点や不自然な点があるとしたら、それは事実だからである。読みとおすのにそれほどの我慢が必要なかったとすれば、それは小説だからである」となります。じつに、らしい言い回しです。

下手な説明で恐縮ですが、要は見聞きしたものをそのまま文章にしただけなので、おかしいなと思ってもそこはすんなり受け流して読むように、だって本当の事なんだから。そんな風に、私は言われたような気がしたのです。

そして、これは他の作品、本当に不可解でどう解釈したらいいのか分からない文章にも通じることではないのか、と思ってしまったのです。時として事実は奇妙で、不自然に見えることがたくさんあるけれど、事実は事実として、まずはきちんと受け止める。

事実を詮索するのではなく、なぜ事実が歪なものに見えてしまうのか、それを考える必要があります。もちろん、村上春樹はその一定の答えを準備しています。いつも通り、「少なくとも僕はそう考えている」という言葉と一緒に。
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蛇足で、かつ後先になりますが、最後に村上春樹が〈本来の〉小説を書くときの心得を記しておきます。この短編集〈以外〉の作品を読むとき、ぜひ参考にしてください。

【あらゆる現実的なマテリアル(そういうものがもしあればということだが)を大きな鍋にいっしょくたに放りこんで原形が認められなくなるまでに溶解し、しかるのちにそれを適当なかたちにちぎって使用する。小説というのは、多かれ少なかれそういうものである。パン屋のリアリティーはパンの中に存在するのであって、小麦粉の中にあるわけではない】

 

この本を読んでみてください係数 85/100


回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)

◆村上 春樹
1949年京都府京都市伏見区生まれ。兵庫県西宮市、芦屋市で育つ。
早稲田大学第一文学部演劇科を7年かけて卒業。在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺に開店する。

作品 「風の歌を聴け」「羊をめぐる冒険」「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」「1Q84」「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」「女のいない男たち」他多

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