『殺人鬼フジコの衝動』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文
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『殺人鬼フジコの衝動』(真梨幸子), 作家別(ま行), 書評(さ行), 真梨幸子
『殺人鬼フジコの衝動』真梨 幸子 徳間文庫 2011年5月15日初版
小学5年生、11歳の少女は自分をブスだと思っています。十人いれば、下から数えて二番目か三番目、もしかしたらビリッケツ。頭もよくないし、スポーツもできない。特技もなければ、後ろ盾もない。愛嬌もない上に、性格も捻じ曲がっている。
おまけにこんな両親のもとに生まれてきたので、自分の人生など高が知れている、せいぜい両親の二の舞か、下手をすれば犯罪者だ。・・・少女の両親は、悪い親の見本のような人間です。収入はあるのに浪費癖で、子供の給食費さえ滞納するような始末です。
体操着の話は、切実で胸が痛くなります。少女には妹がいるのですが、家には一着の体操着しかありません。もはや全く体型に合わないこの体操着を、姉妹は着回して使っています。さすがに運動会だけはどうにもならず、少女は妹のために学校を休みます。
3年前に買った体操着の生地は、信じられないくらい薄くなっています。そのせいで、乳房と乳首がくっきりと露わになるのが嫌でした。男子が「乳首、乳首」と囃し立てます。少女は絆創膏を探すと、それを両の乳首に貼り付けるのでした。
・・・・・・・・・・
フジコの本名は、森沢藤子。彼女は、小学生のときに何者かに両親と妹を殺害され、自らも殺されかけるという経験をします。フジコが途中で意識を失ったことで、犯人は不明のまま、物語の最後まで真相が明かされることはありません。
この事件は、読者をかなりやきもきさせます。フジコが一人殺されずに生き残ったこともそうですし、彼女が唯一目にしたピンク色の口紅を手がかりに容疑者に迫るものの、いずれも確証には到らず、可能性だけが暗示され続けます。
この事件の後、フジコは叔母の茂子に引き取られます。茂子はフジコの母親の妹で、2人の仲は決して良くはなかったのですが、茂子はあくまでも優しくフジコを受け入れます。母親のように自堕落な人間にならぬよう、茂子は事あるごとにフジコに言い含めます。
しかし、どうもこの茂子が怪しい。茂子はカルト教団の熱心な信者です。フジコが初めて家に来たときも、お守りだと言っていの一番にピンクの数珠を渡したりします。フジコをわが子のように育てる背景に、密かな企みがありそうでなりません。
フジコは何かと死んだ母親のことを持ち出す茂子を疎ましく思いますが、何より忌まわしい家庭から逃れられた解放感で一杯です。さらに、周囲から〈同情される〉自分を手に入れたことが嬉しくてなりません。憐れに見せれば、勝手に人が同情するのです。
みんなに嫌われてはならない、嫌われないよう上手く立ち回ってみせる。自分は母親とは違って、幸せな人生を必ず手に入れてみせる-この強い上昇志向とそれに付随する嫉妬心、これこそがその後のフジコの人生を貫く唯一無二の羅針盤となります。
フジコが幾多の殺人を犯した論理はこうです。自分の行く手を阻むものは、何があっても排除する。たとえ罪を犯したとしても、分からなければそれでいい。分からないのは何も無いのと等しく、何も無ければ過去など消えてなくなる。私は、何をしたわけでもない。
・・・・・・・・・・
殺人鬼としてフジコが逮捕されるまでのストーリーは、彼女の論理の滅茶苦茶さとストレートさがかえって強い説得力を生み出しているようで、大変面白く読めます。しかし、フジコばかりに気を取られていると、著者が仕組んだ本来の意図を読み損ねてしまいます。
重要なのは、フジコの生涯を語っている〈ある人物〉がいるということ。なぜ「はしがき」があり、「あとがき」があるのか、そのことを十分頭に入れて読み進む必要があります。
フジコ以外の登場人物、ここでは叔母の茂子が怪しいと書きましたが、茂子の他にも、小学5年生のフジコが初めて殺した同級生の母親や、フジコと2人目の夫との間に生まれた娘の存在を、今一度思い返してみてください。
冒頭で語られる「夢見るシャンソン人形」の逸話も重大なヒントです。この曲の原題「蠟人形、おがくず人形」の意味する先にたどり着けば、ラストに至って、それまでの景色が突如色を違えて見えてくるはずです。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆真梨 幸子
1964年宮崎県生まれ。
多摩芸術学園映画科(現、多摩芸術大学映像演劇学科)卒業。
作品 「孤虫症」「えんじ色心中」「女ともだち」「深く深く、砂に埋めて」「四〇一二号室」「プライベートフィクション」「鸚鵡楼の惨劇」「人生相談」「お引っ越し」他多数
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