『静かな炎天』(若竹七海)_書評という名の読書感想文
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『静かな炎天』(若竹七海), 作家別(わ行), 書評(さ行), 若竹七海
『静かな炎天』若竹 七海 文春文庫 2016年8月10日第一刷
ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。疎遠になっている従妹の消息。依頼が順調に解決する真夏の日。晶はある疑問を抱く(「静かな炎天」)。イブのイベントの目玉である初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日(「聖夜プラス1」)。タフで不運な女探偵・葉村晶の魅力満載の短編集。(文春文庫)
女探偵・葉村晶シリーズの最新作であるらしい。(文庫のみのオリジナル作品)
「静かな炎天」は、(噂通り)確かに面白い。真夏の日中、静まり返った炎天下の住宅街で起こる出来事は、静かなればこそ、狂気を孕んだ人の息遣いといったものが感じられます。
そこでは、決してしてはならない、ある非道な行為がなされようとしています。そして、する側にはする側で、そうする他ない止むに止まれぬ事情があります。糸永さん、お母様はご無事なんですか - 女探偵は、自分でも思いがけないことを口走ります。
糸永静男町内会長は本来、みんなから信頼されるに値するまっとうな人で、それ故あれこれ画策しすぎて墓穴を掘った。探偵は思います。小心な、正直者だからこそ、あれこれ考えすぎ、やりすぎてしまったのだと。
今ならまだ、言い訳は通る。ひとと大罪についての言い訳。例えば、W・F・ハーヴィーの「炎天」のラストの一文のような。-「この暑さじゃ、人間の頭だってたいがいへんになる。」(平井呈一訳『怪奇小説傑作集1』創元推理文庫より)
私は、この短編集に至るまでの「葉村晶」を何一つ知りません。読み始めるまでは、女性であることすら知りませんでした。ずいぶんと評判がいいようなので、その理由が何なのか、それが知りたくて読んでみようと。
そして、読んでわかったことがあります。(ファンならよくご存じでしょうが)彼女は、葉村晶という女性は、まるで女性らしくないのです。仮に男性であったとしても、それはそれでかまわないのではと思うくらい「女っ気」がありません。
常の言動や、時に吐く尖ったもの言い。あるいは乾いた、軽めのジョーク - それをワイズクラック(気の利いた皮肉やいやみ)というらしい - それらは、むしろ男性がするそれではないかと。
強みであれ弱みであれ、女性としての特性を極力排除したキャラクターで、いかにも潔い。余分なものがなく、それでいて(探偵稼業に)必要なものはすべて兼ね備えている。そんな感じがします。
何より良いと思うのは過度に深刻ぶらないところで、扱う事件は相応に重大であったり極悪なのですが、受ける感じはむしろ軽妙であるように思います。あいだ間に(事件とは別の)コミカルな場面が用意されており、女探偵の別の(素)顔が垣間見えたりします。
おそらくは、そのバランスが絶妙なのだと。ありそうでないのがこのシリーズで、いそうでいないのが、四十肩に苦しむ、まるで色気のない女探偵であるように思います。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆若竹 七海
1963年東京都生まれ。
立教大学文学部史学科卒業。
作品 「ぼくのミステリな時」「心のなかの冷たい何か」「プレゼント」「ヴィラ・マグノリアの殺人」「悪いうさぎ」「暗い越流」他多数
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