『静かな炎天』(若竹七海)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『静かな炎天』(若竹七海), 作家別(わ行), 書評(さ行), 若竹七海

『静かな炎天』若竹 七海 文春文庫 2016年8月10日第一刷

ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。疎遠になっている従妹の消息。依頼が順調に解決する真夏の日。晶はある疑問を抱く(「静かな炎天」)。イブのイベントの目玉である初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日(「聖夜プラス1」)。タフで不運な女探偵・葉村晶の魅力満載の短編集。(文春文庫)

女探偵・葉村晶シリーズの最新作であるらしい。(文庫のみのオリジナル作品)

「静かな炎天」は、(噂通り)確かに面白い。真夏の日中、静まり返った炎天下の住宅街で起こる出来事は、静かなればこそ、狂気を孕んだ人の息遣いといったものが感じられます。

そこでは、決してしてはならない、ある非道な行為がなされようとしています。そして、する側にはする側で、そうする他ない止むに止まれぬ事情があります。糸永さん、お母様はご無事なんですか - 女探偵は、自分でも思いがけないことを口走ります。

糸永静男町内会長は本来、みんなから信頼されるに値するまっとうな人で、それ故あれこれ画策しすぎて墓穴を掘った。探偵は思います。小心な、正直者だからこそ、あれこれ考えすぎ、やりすぎてしまったのだと。

今ならまだ、言い訳は通る。ひとと大罪についての言い訳。例えば、W・F・ハーヴィーの「炎天」のラストの一文のような。-「この暑さじゃ、人間の頭だってたいがいへんになる。」(平井呈一訳『怪奇小説傑作集1』創元推理文庫より)

私は、この短編集に至るまでの「葉村晶」を何一つ知りません。読み始めるまでは、女性であることすら知りませんでした。ずいぶんと評判がいいようなので、その理由が何なのか、それが知りたくて読んでみようと。

そして、読んでわかったことがあります。(ファンならよくご存じでしょうが)彼女は、葉村晶という女性は、まるで女性らしくないのです。仮に男性であったとしても、それはそれでかまわないのではと思うくらい「女っ気」がありません。

常の言動や、時に吐く尖ったもの言い。あるいは乾いた、軽めのジョーク - それをワイズクラック(気の利いた皮肉やいやみ)というらしい - それらは、むしろ男性がするそれではないかと。

強みであれ弱みであれ、女性としての特性を極力排除したキャラクターで、いかにも潔い。余分なものがなく、それでいて(探偵稼業に)必要なものはすべて兼ね備えている。そんな感じがします。

何より良いと思うのは過度に深刻ぶらないところで、扱う事件は相応に重大であったり極悪なのですが、受ける感じはむしろ軽妙であるように思います。あいだ間に(事件とは別の)コミカルな場面が用意されており、女探偵の別の(素)顔が垣間見えたりします。

おそらくは、そのバランスが絶妙なのだと。ありそうでないのがこのシリーズで、いそうでいないのが、四十肩に苦しむ、まるで色気のない女探偵であるように思います。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆若竹 七海
1963年東京都生まれ。
立教大学文学部史学科卒業。

作品 「ぼくのミステリな時」「心のなかの冷たい何か」「プレゼント」「ヴィラ・マグノリアの殺人」「悪いうさぎ」「暗い越流」他多数

関連記事

『パッキパキ北京』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『パッキパキ北京』綿矢 りさ 集英社 2023年12月10日 第1刷 味わい尽くしてやる、こ

記事を読む

『三千円の使いかた』(原田ひ香)_書評という名の読書感想文

『三千円の使いかた』原田 ひ香 中公文庫 2021年8月25日初版 知識が深まり、

記事を読む

『絶叫』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『絶叫』葉真中 顕 光文社文庫 2019年3月5日第7刷 - 私を棄てたこの世界を騙

記事を読む

『ジャズをかける店がどうも信用できないのだが・・・・・・。』(姫野 カオルコ)_書評という名の読書感想文

『ジャズをかける店がどうも信用できないのだが・・・・・・。』姫野 カオルコ 徳間文庫 2016年3月

記事を読む

『死にぞこないの青』(乙一)_書評という名の読書感想文

『死にぞこないの青』乙一 幻冬舎文庫 2001年10月25日初版 飼育係になりたいがために嘘をつい

記事を読む

『ザ・ロイヤルファミリー』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『ザ・ロイヤルファミリー』早見 和真 新潮文庫 2022年12月1日発行 読めば読

記事を読む

『死んでもいい』(櫛木理宇)_彼ら彼女らの、胸の奥の奥

『死んでもいい』櫛木 理宇 早川書房 2020年4月25日発行 「ぼくが殺しておけ

記事を読む

『砂上』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文 

『砂上』桜木 紫乃 角川文庫 2020年7月25日初版 「あなた、なぜ小説を書くん

記事を読む

『砂漠ダンス』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『砂漠ダンス』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 「砂漠へ行きたいと考えたのはテレビで

記事を読む

『しょうがの味は熱い』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『しょうがの味は熱い』綿矢 りさ 文春文庫 2015年5月10日第一刷 結婚という言葉を使わず

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑