『砂漠ダンス』(山下澄人)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/11
『砂漠ダンス』(山下澄人), 作家別(や行), 山下澄人, 書評(さ行)
『砂漠ダンス』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版
「砂漠へ行きたいと考えたのはテレビで砂漠の様子を見たからだ」- 北国に住むわたしが飛行機に乗って到着した街は、アメリカの古くからのカジノの街。レンタカーを借りて向かった砂漠で、わたしは、子どもの頃のわたしに、既に死んだはずの父と母に、そして、砂漠行きを誘えずにいた地元のバーで働く女に出会う・・・・・。小説の自由を解き放つ表題作に、単行本未収録を含む短篇三作を併録。◎解説=保坂和志(河出文庫)
言葉は巧妙な詐欺師のようなもので、言えないことにまで名前をつけ言えたような錯覚を人に起こさせる。そして言葉を正確に使う人ほどそこを忘れていく。木を見ているうちに木の記憶を共有しだすという直観を否定する方がおかしい。
山下さんは人が陥るその錯覚と闘っている。闘うというのが大げさなら、錯覚の関節外しをしている。言葉を、文章を、山下澄人のような使い方をみんながするようになれば、ただの会話がダンスや格闘技みたいにワクワクする。(保坂和志)
実際のところ、わかった上で読んでいる(読めている)かどうかというのはさほど大した問題ではない、と考えて読むのが一番いいのだろうと。というか、わかるはずがない。わかろうとする前に、すでにこの人の意識は何歩も先を行っているのですから。
たまに追い着いたと思っても、すぐに急発進してまた別のところへ行ってしまうのは、それが行きたいと思う場所へ行くための、この人にとり欠かせないことであるとするなら、それはもう仕方がない。為すすべがないというものです。
せいぜい見失わないようにして後追いするしかないのではと思います。次第に次第に混乱し入り交じっていく展開(時空を越え、ときに後戻りします)に、実に不似合いな、至極真っ当な書き出しが私は好きです。
わたしの住んでいる部屋は街の東を流れる川沿いのアパートの三階にある。街は国の北にあり、秋には住宅街まで熊が出る。熊にはたかれて死ぬ人もたまにいる。冬はおそろしく寒く、たくさんの雪が降り、雪に音が吸収されて街はとても静かになり、ここから車で一時間ほどのところにある湖が凍り、歩いて二十分ほどにある公園の池が凍る。川は凍らない。(後略)
仕事は今はしていない。仕事をしていないと暮らしを維持出来なくなるから次をまた探しているけれど、働きたくはない。働きたいなどと考えたことはわたしはこれまで一度もない。働かなくて済むのならそうしたい。
わたしは、どこででもタカハシと名乗っています。わたしはだからどこででもタカハシで、わたしのいるところで、「タカハシさん」と誰かが呼べばそれはほぼわたしのことなのですが、しかしわたしはタカハシではありません。
タカハシと名乗る理由はとくになく、タカハシと名乗ったきっかけも覚えていません。何とくなくどこかでそう名乗り、それがそのまま今に続いています。
砂漠へ行きたいとわたしが考えたのは、テレビで砂漠の様子を見たからでした。
わたしは新聞を読まないしテレビもあまり見ない。インターネットもほとんどさわらないから遠くの出来事のほとんどを知らない。しかし知らない事で困ることはない。わたしは[わたし]が[知らない]という事を知らないのだから困らない。
こう言ったあと、話は砂漠に向かう飛行機の中へと、急展開します。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山下 澄人
1966年兵庫県神戸市生まれ。
神戸市立神戸商業高等学校(現六甲アイランド高等学校)卒業。倉本聰の富良野塾二期生。
作品 「緑のさる」「鳥の会議」「ルンタ」「ギッちょん」「しんせかい」他
関連記事
-
『臨床真理』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
『臨床真理』柚月 裕子 角川文庫 2019年9月25日初版 人の感情が色でわかる
-
『BUTTER』(柚木麻子)_梶井真奈子、通称カジマナという女
『BUTTER』柚木 麻子 新潮文庫 2020年2月1日発行 木嶋佳苗事件から8年
-
『白い衝動』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文
『白い衝動』呉 勝浩 講談社文庫 2019年8月9日第1刷 第20回大藪春彦賞受賞作
-
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(辻村深月)_書評という名の読書感想文
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』辻村 深月 講談社 2009年9月14日第一刷 辻村深月がこの小説で
-
『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文
『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初版 誰か私に、
-
『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
『静かに、ねぇ、静かに』本谷 有希子 講談社 2018年8月21日第一刷 芥川賞受賞から2年、本谷
-
『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文
『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発行 注目の芥川賞候補作家
-
『サムのこと 猿に会う』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『サムのこと 猿に会う』西 加奈子 小学館文庫 2020年3月11日初版 そぼ降る
-
『15歳のテロリスト』(松村涼哉)_書評という名の読書感想文
『15歳のテロリスト』松村 涼哉 メディアワークス文庫 2021年8月5日24版発行
-
『合理的にあり得ない』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
『合理的にあり得ない』柚月 裕子 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 上水流涼