『ルパンの消息』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/12
『ルパンの消息』(横山秀夫), 作家別(や行), 書評(ら行), 横山秀夫
『ルパンの消息』横山 秀夫 光文社文庫 2009年4月20日初版
15年前、自殺とされた女性教師の墜落死は実は殺人 - 。警視庁に入った1本のタレ込みで事件が息を吹き返す。当時、期末テスト奪取を計画した高校生3人が校舎内に忍び込んでいた。捜査陣が二つの事件の結び付きを辿っていくと、戦後最大の謎である3億円事件までもが絡んでくるのだった。時効まで24時間、事件は解明できるのか!? 著者〈幻の傑作〉待望の文庫化。(光文社文庫より)
横山秀夫といえば、『64(ロクヨン)』- 先日封切りなった映画もさることながら、昨年NHKで放映されたドラマがとても見ごたえがあって良かったのを覚えています。
物語の要となる県警の広報官・三上義信役に抜擢されたのが、思いもかけぬ〈ピエール瀧〉だったのがとても良かった。小説にある風貌に合わせての配役であったようですが、いわゆる主役級の二枚目然とした俳優ではなかったことが、とても良かったように思います。
ピエール瀧を悪く言うのではありません。彼の演技がいかにも普通の人らしく、ドラマに一層現実味が出たということが言いたいのです。そのまた前に、同じNHKであった『紙の月』(角田光代原作)の主人公・梅澤梨花を演じた原田知世も上手かった。
ピエール瀧も原田知世も、彼らはあくまで普通にいる市井の人物として、しかし気付くと世間を騒がす事件のまさに渦中の人物となる、その変化の様子がとても自然で、近くで起こった事のようにして観ることができました。
少し地味と言えば聞こえは悪いのですが、(話の内容からして)普通に感じるほどに事件が身近なものに思え、その分容易く感情移入できるというものです。この手の話は何よりリアルさが命、作り話とわかっていても、どうしようもなく惹き込まれていく臨場感がたまらないのです。
- という観点からすれば、この『ルパンの消息』という小説は、幾分かは芝居がかっているように感じるやも知れません。話が上手くでき過ぎてはいまいか、事件の骨格をなす女性教師・嶺舞子の来歴についても、やや無理があるのではと感じる方がおられるかも知れません。
しかし、それでもなお途中で投げ出さず、否、むしろ先を急ぐようにして読み進んだのにはそれ相応の理由があります。時々小骨が喉に刺さるような違和感がありはするのですが、それにしても、それを凌駕して余りある展開の面白さがあります。
際立って読み応えがあるのは、(これぞ横山秀夫のオハコである)警察署員各々の事件や被疑者に対する思い入れの在り様、時効が迫り時間が逼迫する中で遅々として進まない事情聴取でのとりとめのない空気、そこへ飛び込んでくる新たな情報と一々の被疑者の反応、
複数の被疑者(期末試験の問題を盗み出そうとした元不良高校生の3人)を同時に事情聴取しているが故に生じる担当課員同士の取るに足りない競争意識、現場を知らない署長の頼りなさに対して、捜査を指揮する本庁捜査一課強行犯捜査第四係、通称「溝呂木班」を統括する凄腕係長・溝呂木率いる精鋭らの働きぶりなど、
読むべきは疑われる側の人間よりも、むしろ捜査に当る側のそれであるように思います。当然のこと、事件前後のあらましやおよそ関係ないと思われていた2つの事件の関連については、徹底した見直しと検討がなされることになります。
そして、それでも - おそらくは読者の誰もが見落としてしまう - 読み損じてしまうような、いくつかのポイントがあります。ひとつではありません。いくつかあります。
その周到さ、手配の怠りなさを思えば、まさかこの小説が横山秀夫の「処女作」とは誰も思わないのではないでしょうか。それほどに筋立てに抜かりがありません。ですから、少々のことには目を瞑って、大きな気持ちを持って読んでみてください。確かにこの小説は、警察小説における揺るぎなき傑作『64(ロクヨン)』に連なる作品であると言えます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆横山 秀夫
1957年東京生まれ。
国際商科大学(現・東京国際大学)商学部卒業。その後、上毛新聞社に入社。
作品 「陰の季節」「動機」「顔 FACE」「深追い」「第三の時効」「真相」「クライマーズ・ハイ」「影踏み」「半落ち」「看守眼」「震度0」「64(ロクヨン)」他多数
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