『珠玉の短編』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『珠玉の短編』(山田詠美), 作家別(や行), 山田詠美, 書評(さ行)

『珠玉の短編』山田 詠美 講談社文庫 2018年6月14日第一刷

作家・夏耳漱子は掲載誌の目次に茫然とする。自作に付された「珠玉の短編」という惹句。作風に最も遠いその言葉。やがて「珠玉」は妄念となり漱子の頭の中に増殖していくが・・・・・・・。表題作の他、男女の友情を鮮烈に叙景した川端賞受賞作生鮮てるてる坊主」 など、生の残酷と滑稽を鋭敏な言葉で描き出す11の物語。(講談社文庫)

「生鮮てるてる坊主」

その夫婦と私は親しかった。夫である勝見孝一とも妻の虹子とも友人だった。けれども、二人をひと組としてまとめて友人夫婦と呼ぶのは少し違うような気がした。何故なら、私は、虹子よりも孝一の方に強い親近感を覚えていたし、深い友情を感じていたから。

しかし、そんなことを口にすると、少なからぬ人が、彼を男として憎からず思っているのだろうと勘違いするので黙っている。あくまで、親愛なる男友達。彼も私に同質の感情を抱いているのが解る。

男女間の友情について議論する人々がいまだ存在していることには呆れてしまう。そういう輩に何をどう説明したって解りっこない。だって、性欲抜きに異性を大事に思った経験のない人たちなんだもの。違う人種。(P106)

- と、これは奈美の考えるところ。しかるに、

問題は、虹子が、その違う人種に属していることなのだ。私と孝一が、その昔、恋愛関係にあったと信じ込んでいる。いくら、そんなことはなかったと説明しても納得しない。あなたたちの間のゆるぎなさが、何もないところで生まれる筈がない、というのが彼女の言い分。こちらが反論の言葉を捜しあぐねて途方に暮れていると、にっこりと笑ってこう結論付ける始末。終わった後に友情を残せるような男と女の付き合いは本当に素晴らしい、だって。だから無理に否定することなんてないのよ、と続ける。ふう。いくら言ってもこれでは駄目だ。私は、むきになるのを止めた。(P107)

虹子は、いつも自分を痛々しく見せる言動ばかりを取るような傾向にあります。他人の言葉を軽く受け流すということができません。他愛のないことでも気に掛かり、些細な事柄を看過出来ずに、自分の意図しないところで取り乱してしまうようなことがあります。

奈美に対し、ある出来事をきっかけに、遂に虹子は “本心” を明かします。

(虹子) 孝ちゃんは、奈美ちゃんに向けて何度も何度も、いっぱい射精していたよ。
(奈美) 嫌なこと言わないで!
(虹子) ほんとだもん。でも、飛ばしたのは精液じゃなかった。もっと、ずうっと、ねばねばして、しつこそうなもの。この世で一番高価な、なのに、うんと嫌な臭いがする接着剤みたいなの。しかも、それ接着剤なのに生きてるの。(P119)

「恋愛感情なんて、そんな安っぽいもんないからこそ、自分たちの間は稀有で素晴らしいと信じている」(これは虹子の言葉) - 奈美と孝一の間にあるものの正体、虹子が嗅ぎ取ったものの正体とは、いったい何なのでしょう?

言えるのは、虹子にしてみれば、奈美と孝一の間にある「友情」とは所詮そんなものなのだ、ということ。それより他に、かなう道理がないということです。

生の残酷と滑稽、欲望の果てには - 。人の世はかくも愚かで美しい。 詠美ワールドの美味なる毒、11編の絶品を召し上がれ。(帯文より)

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。

作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ベッドタイムアイズ」「学問」「賢者の愛」「風味絶佳」他多数

関連記事

『誰もボクを見ていない/なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』(山寺香)_書評という名の読書感想文

『誰もボクを見ていない/なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』山寺 香 ポプラ文庫 2020年

記事を読む

『その先の道に消える』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『その先の道に消える』中村 文則 朝日新聞出版 2018年10月30日第一刷 帯に - 絡まりあ

記事を読む

『静かにしなさい、でないと』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『静かにしなさい、でないと』朝倉 かすみ 集英社文庫 2012年9月25日第1刷

記事を読む

『純子』(赤松利市)_書評という名の読書感想文

『純子』赤松 利市 双葉社 2019年7月21日第1刷 四国の辺鄙な里に生まれた純

記事を読む

『サムのこと 猿に会う』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『サムのこと 猿に会う』西 加奈子 小学館文庫 2020年3月11日初版 そぼ降る

記事を読む

『蝶々の纏足・風葬の教室』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『蝶々の纏足・風葬の教室』山田 詠美 新潮社 1997年3月1日発行 「風葬の教室」(平林た

記事を読む

『サンブンノニ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『サンブンノニ』木下 半太 角川文庫 2016年2月25日初版 銀行強盗で得た大金を山分けし、

記事を読む

『十九歳の地図』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『十九歳の地図』中上 健次 河出文庫 2020年1月30日新装新版2刷 「俺は何者

記事を読む

『凶犬の眼』(柚月裕子)_柚月裕子版 仁義なき戦い

『凶犬の眼』柚月 裕子 角川文庫 2020年3月25日初版 広島県呉原東署刑事の大

記事を読む

『森は知っている』(吉田修一)_噂の 『太陽は動かない』 の前日譚

『森は知っている』吉田 修一 幻冬舎文庫 2017年8月5日初版 南の島で知子ばあ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑