『珠玉の短編』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『珠玉の短編』山田 詠美 講談社文庫 2018年6月14日第一刷


珠玉の短編 (講談社文庫)

作家・夏耳漱子は掲載誌の目次に茫然とする。自作に付された「珠玉の短編」という惹句。作風に最も遠いその言葉。やがて「珠玉」は妄念となり漱子の頭の中に増殖していくが・・・・・・・。表題作の他、男女の友情を鮮烈に叙景した川端賞受賞作生鮮てるてる坊主」 など、生の残酷と滑稽を鋭敏な言葉で描き出す11の物語。(講談社文庫)

「生鮮てるてる坊主」

その夫婦と私は親しかった。夫である勝見孝一とも妻の虹子とも友人だった。けれども、二人をひと組としてまとめて友人夫婦と呼ぶのは少し違うような気がした。何故なら、私は、虹子よりも孝一の方に強い親近感を覚えていたし、深い友情を感じていたから。

しかし、そんなことを口にすると、少なからぬ人が、彼を男として憎からず思っているのだろうと勘違いするので黙っている。あくまで、親愛なる男友達。彼も私に同質の感情を抱いているのが解る。

男女間の友情について議論する人々がいまだ存在していることには呆れてしまう。そういう輩に何をどう説明したって解りっこない。だって、性欲抜きに異性を大事に思った経験のない人たちなんだもの。違う人種。(P106)

- と、これは奈美の考えるところ。しかるに、

問題は、虹子が、その違う人種に属していることなのだ。私と孝一が、その昔、恋愛関係にあったと信じ込んでいる。いくら、そんなことはなかったと説明しても納得しない。あなたたちの間のゆるぎなさが、何もないところで生まれる筈がない、というのが彼女の言い分。こちらが反論の言葉を捜しあぐねて途方に暮れていると、にっこりと笑ってこう結論付ける始末。終わった後に友情を残せるような男と女の付き合いは本当に素晴らしい、だって。だから無理に否定することなんてないのよ、と続ける。ふう。いくら言ってもこれでは駄目だ。私は、むきになるのを止めた。(P107)

虹子は、いつも自分を痛々しく見せる言動ばかりを取るような傾向にあります。他人の言葉を軽く受け流すということができません。他愛のないことでも気に掛かり、些細な事柄を看過出来ずに、自分の意図しないところで取り乱してしまうようなことがあります。

奈美に対し、ある出来事をきっかけに、遂に虹子は “本心” を明かします。

(虹子) 孝ちゃんは、奈美ちゃんに向けて何度も何度も、いっぱい射精していたよ。
(奈美) 嫌なこと言わないで!
(虹子) ほんとだもん。でも、飛ばしたのは精液じゃなかった。もっと、ずうっと、ねばねばして、しつこそうなもの。この世で一番高価な、なのに、うんと嫌な臭いがする接着剤みたいなの。しかも、それ接着剤なのに生きてるの。(P119)

「恋愛感情なんて、そんな安っぽいもんないからこそ、自分たちの間は稀有で素晴らしいと信じている」(これは虹子の言葉) - 奈美と孝一の間にあるものの正体、虹子が嗅ぎ取ったものの正体とは、いったい何なのでしょう?

言えるのは、虹子にしてみれば、奈美と孝一の間にある「友情」とは所詮そんなものなのだ、ということ。それより他に、かなう道理がないということです。

生の残酷と滑稽、欲望の果てには - 。人の世はかくも愚かで美しい。 詠美ワールドの美味なる毒、11編の絶品を召し上がれ。(帯文より)

 

この本を読んでみてください係数  85/100


珠玉の短編 (講談社文庫)

◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。

作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ベッドタイムアイズ」「学問」「賢者の愛」「風味絶佳」他多数

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