『泥濘』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『泥濘』黒川 博行 文藝春秋 2018年6月30日第一刷


泥濘 疫病神シリーズ

待たんかい。わしが躾をするのは、極道と半グレと、性根の腐った堅気だけやぞ」 疫病神シリーズの名コンビ、桑原と二宮が帰ってきた! 今度の標的は警察官OBが作る自称・親睦団体の「警慈会」。老人ホームにオレオレ詐欺・・・・・。老人を食い物にする腐り切った警察OBに二人は挑むが、二宮は拉致、桑原は銃撃を受け心肺停止になってしまう。

おまえ、おれを脅しとんのか」「脅し? わしは値踏みをしてるだけや。おまえがどれほどのワルか、をな」「社会のダニが一人前のことをいうやないか。ダニはダニらしいに、女のヒモになるか、シャブの売人でもして食うたらどうや」「わしはダニかい」「ダニはいいすぎた。クズや、おまえは」 警察OBのドンを相手に一歩も引かない桑原と二宮を待つ運命は? ドンデン返しに次ぐドンデン返しのスピード感がたまらない、疫病神シリーズ間違いなしの最高傑作。(文藝春秋BOOKSより)

人気シリーズの新刊。言わずもがなですが、今回もまた(期待通りに)おもしろい。

イケイケやくざ桑原の丁々発止のやり取りやルール無用の乱闘シーン。(それはもうあらかじめ定められていたかのように)まんまと桑原の企みに乗せられてしまう二宮。毎度のことではありながら、結果、二宮は地獄を見るような目に遭います。

一介の建設コンサルタントでありながら、二宮は生来の優柔不断さゆえ縁を切れずに、桑原がする “シノギ” に加担せざるを得なくなります。有無を言わせず呼び出され、同道したあげく一方的に殴られ、時に拉致までされて、命の危険に晒される破目になります。

しかし、二宮は言うほどに “やわ” ではありません。元来が能天気でズボラとも言えるのですが、時に桑原をも上回る厚かましさと少々のことではめげない性根を備えています。へりくだっているように見せかけて、実は抜け目がありません。

言うべきを言い、取るべき報酬は何があろうとものにする - そのしつこさに呆れながらも、桑原は桑原で、やると言った約束はきっちり守ります。(その金額が相応かどうかは別にして) 二宮は、その義理堅さだけを拠りどころとしています。

さて、事件と事件の合間、二人の間で交わされる、まるで掛け合い漫才のような会話の一端を紹介しましょう。怖ろしく緊迫した場面の後には、お決まりのように二人のボケとツッコミの会話があり、話はまた次の場面へと進んでゆきます。では、162ページあたりから。

白姚会の事務所で二宮を殴ったのは田所だ。振りおろされる金属バットが瞼に蘇る。
田所に〈返し〉をしようとは思わんのかい
これっぽっちも思いませんね。おれは堅気ですわ

チンチンついとんのか、おまえは
小なりといえど、ついてます
おまえみたいな弱造に、田所に会えとはいうてへんわい。わしはBMWがどうなってるか、田所に訊く」  ぐずぐずしていたら車体番号を替えられて売られる、という。

それはよろしいね。BMWの探索に賛成です
なにが賛成じゃ。おまえがキーを奪られたからやろ
そう、キーを奪られた。こいつが喧嘩をしたせいで - 。

こんな葱坊主になった、そもそもの原因はなんですかね」  頭の包帯ネットを触った。
いつまでもしつこいのう。世の中にローリスク・ハイリターンはないんじゃ
お言葉ですけど、おれはいまんとこ、ハイリスク・ノーリターンです

稼ぎの二割を寄越せというたノータリンは、どこのどいつや
「『マリリン・モンロー・ノー・リターン』・・・・・・・。マリリン・モンローはケネディーとつきおうてましたね
これや。なにをいうても堪えよらんで

桑原は舌打ちして、ほら、深江に行け」  シートベルトを締める。
どういうルートで行きますかね
おまえはタクシードライバーか。好きにせい」  腹が立つから、また煙草を吸いつけた。桑原は嫌味たらしくサイドウインドーを全開にした。

ここに書き出したような会話は好みじゃない、というなら仕方ありません。この作品はまぎれもなく “サスペンス&バイオレンス” 小説ですが、もしも、例に示した会話にこの上ない “おかしみ” が感じられないとしたら、それはこれがあなたの読むべき本ではないということです。あしからず。すみやかに他をあたってください。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


泥濘 疫病神シリーズ

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「迅雷」「離れ折紙」「悪果」「疫病神」「国境」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」他多数

関連記事

『長いお別れ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『長いお別れ』中島 京子 文春文庫 2018年3月10日第一刷 長いお別れ (文春文庫)

記事を読む

『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初版 農ガール、農ライフ

記事を読む

『二千七百の夏と冬』(上下)(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『二千七百の夏と冬』(上下)荻原 浩 双葉文庫 2017年6月18日第一刷 二千七百の夏と冬(

記事を読む

『バラカ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『バラカ』桐野 夏生 集英社 2016年2月29日第一刷 バラカ   ア

記事を読む

『永い言い訳』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『永い言い訳』西川 美和 文芸春秋 2015年2月25日第一刷 永い言い訳  

記事を読む

『にぎやかな湾に背負われた船』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな湾に背負われた船』小野 正嗣 朝日新聞社 2002年7月1日第一刷 にぎやかな湾に背負

記事を読む

『おまえじゃなきゃだめなんだ』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『おまえじゃなきゃだめなんだ』角田 光代 文春文庫 2015年1月10日第一刷 おまえじゃなき

記事を読む

『私のなかの彼女』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『私のなかの彼女』角田 光代 新潮文庫 2016年5月1日発行 私のなかの彼女 (新潮文庫)

記事を読む

『茄子の輝き』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『茄子の輝き』滝口 悠生 新潮社 2017年6月30日発行 茄子の輝き 離婚と大地震。倒産と

記事を読む

『文庫版 オジいサン』(京極夏彦)_なにも起きない老後。でも、それがいい。

『文庫版 オジいサン』京極 夏彦 角川文庫 2019年12月25日初版 文庫版 オジいサン

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『草にすわる』(白石一文)_書評という名の読書感想文

『草にすわる』白石 一文 文春文庫 2021年1月10日第1刷

『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初

『死者のための音楽』(山白朝子)_書評という名の読書感想文

『死者のための音楽』山白 朝子 角川文庫 2013年11月25日初版

『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 騙

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治)_書評という名の読書感想文

『ケーキの切れない非行少年たち』宮口 幸治 新潮新書 2020年9月

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑