『乳と卵』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『乳と卵』(川上未映子), 作家別(か行), 川上未映子, 書評(た行)

『乳と卵』川上 未映子 文春文庫 2010年9月10日第一刷

娘の緑子を連れて大阪から上京したきた姉でホステスの巻子。巻子は豊胸手術を受けることに取り憑かれている。緑子は言葉を発することを拒否し、ノートに言葉を書き連ねる。夏の三日間に展開される哀切なドラマは、身体と言葉の狂おしい交錯としての表現を極める。日本文学の風景を一夜にして変えてしまった、芥川賞受賞作。(文芸春秋解説より)

「独自の言葉のセンスによる独自のリズム」とでも言えばいいのでしょうか、全編を貫く語り口調に乗せられて、知らず知らずに没頭して抜け出せなくなります。長い話ではありませんが、思う以上にみごとな筋書きで一気に読めます。そして、泣けます。

テーマは、言葉と体。体とは女性の「体」のことで、特に女性の象徴としての「胸」と「卵子」に焦点があてられています。母親の巻子は「乳房」にこだわり、娘の緑子は「卵子」、その在り処を暗示する「生理」について思いを巡らせ、戸惑い、そして嫌悪します。

巻子は、まるで何かに取り憑かれたように豊胸手術に執着しています。「わたし」には、まるでその理由が分かりません。若さを取り戻すということなら顔や肌でもよいではないかと言っても聞かず、ぽつりと、「若い、とかじゃないねん」と言うだけです。

緑子は、ノートをつけています。彼女の関心は、まず「卵子」になぜ「子」という字がついているのかという問いから始まって「初潮」へと連なり、クラスメイトである国ちゃんの「ナプキン」絡みのエピソードを経て、「生理」の摂理に行き着きます。

「もしあたしにも生理がきたらそれから毎月、それがなくなるまで何十年も股から血が出ることになって、おそろしいような、気分になる、それは自分では止められへん・・・」
考えるほどに緑子には「生理」は疎ましく、厭なものに思えます。

「生理」の次は、人が生まれるということ。生まれたら最後、何としても生きていかなければならないことを思うと、緑子は、ぜったい子どもなんか生まないと思います。

お母さんを見ていたら、毎日を働きまくっても毎日しんどく、なんで、と思ってしまう。これいっこだけでももういっぱいやのに、その中からまた別の体を出すとか、そんなこと、想像も出来んし、そういうことがみんなほんまに素晴らしくてすてきなことって自分で考えてちゃんとそう思うのですかね。(緑子のノートより)

・・・・・・・・・・
はっきり書いてはいないのですが、おそらく緑子は12、3歳の少女です。生理はまだなのですが、友だちの話を聞くにつけ、自分の体が変わっていくのが厭でなりません。変化の道理が分からずに、苛立ち、怒ります。そして、それをノートに記しています。

そのノートに綴られた彼女の思いが、途中途中に挟まれます。前半は「生理」(及び排卵)に関する素朴な疑問で占められ、後半になるとそれが人の出生から自分の出目へと進んで行き、やがては子どもなど生むものかという思いへと繋がっていきます。

緑子は母親思いの子どもなのですが、思春期の少女故、自分の思いを上手く言葉にして伝えることができません。その結果が「筆談」で、頑なに自分がしゃべることを禁じています。しかし、だからといって巻子が嫌いなわけではないのです。

むしろ彼女は母親に対して、自分が生まれてきたことを申し訳なく感じています。家にはお金がなくて、巻子が苦労している姿を見るのが辛くて仕方ないのです。しかし、それを上手に口にすることができません。そんな自分の不甲斐なさに、さらに自分の殻に閉じ籠ってしまう緑子です。

生理のこともそう、そもそも生まれる前から人を生む〈もと〉が自分の体の中にはあることもそう、母親が何で今さら豊胸手術をしようとするのかも、そうです。緑子には何一つ納得できません。だから大人になどなりたくなくて、大人のことなど分からないのです。

それを言葉で伝えようとしても、言葉がうまく出てこない。言葉を探そうとしても、体の方が先を越して言葉を見えなくしてしまう。手術の下見だと言って、巻子はさっさと出かけて行きます。だから、緑子は何もしゃべれない。しゃべれない代わりに、ひたすらノートに自分の思いを綴ります。

※ 東京で暮らす「わたし」(=巻子の妹・夏子)の部屋での、たった三日間の出来事です。手術の下見から戻った巻子が、酔いに任せて口をきかない緑子に詰め寄るシーンは、2人の確執が烈しくぶつかる圧巻のシーンです。相手を思うあまりに言葉が足りず、互いが足掻く様子に胸が詰まります。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆川上 未映子
1976年大阪府大阪市生まれ。
日本大学通信教育部文理学部哲学科在学中。

作品 「わたくし率 イン 歯-、または世界」「ヘヴン」「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」「愛の夢とか」「安心毛布」「すべて真夜中の恋人たち」他

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