『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/10
『キッドナッパーズ』(門井慶喜), 作家別(か行), 書評(か行), 門井慶喜
『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷

表題作 「キッドナッパーズ」 は2003年、第42回オール讀物推理小説新人賞を受賞した幻のデビュー作だ。わざわざ “幻” とつけたのは、当時 『オール讀物』 誌上に掲載されたきり著書に収録される機会がなく、長年読むことが困難な作品だったからだ。
- 全然、まったく、そんなこととは知らずに買いました。直木賞受賞作 『銀河鉄道の父』 (これは正真正銘の傑作です。未読の方はぜひ! )を読んだきり、著者の作品はただの一冊も読んでいません。
歴史小説専門の人だとばかり思っていた私は、ほとんど歴史小説を読まない人だったからです。例外として 『銀河鉄道の父』 だけ読んだのですが、まさかデビュー作がミステリーなどとは思いもしませんでした。そして、(失礼ながら) 案外これが面白い。
未収録だった事情や今回書籍化された経緯については著者あとがきに譲るとして、まず内容で目を惹くのが、一瞬で読者の心を鷲掴みにする冒頭のインパクトだ。
主人公の湯本が玄関のドアを開けると、「大声を出すな」 という警告とともにサバイバル・ナイフが突きつけられる - が、なんと相手は野球帽を被った少年なのだ。いやまったく、ここからどんな形で話が転がっていくのか、一刻も早くページを繰りたくなるではないか。
- 物語は、まさにそんな感じで幕を開けます。(当然ですが) これだけでは何もわかりません。一体何が起ころうとしているのか? (読者は) 早くそれが知りたくてたまらなくなります。
さらに少年は湯本に 「阿佐浜優也を誘拐した。警察には知らせるな」 と自宅にいる母親に電話するように要求する。ここまでわずか4ページ。もうこの時点で先を追わずにいられる読者は皆無だろう。
ミステリの新人賞では、手堅くまとめられたものより、少々筆が走り過ぎていても強烈な惹きを備えた作品の方が歓迎されるものだ。その点で本作の序盤は、応募作として申し分ない。(注:太字は全て解説から抜粋しています)
- 見ず知らずの中学生の少年がいきなりやって来て、ドアを開けるなりナイフを見せ、湯本に対し、およそ思いもつかないことを言い出したのでした。
なんじゃこりゃ!? そう思わせるところから、この話は始まっていきます。
※油断してはなりません。さすがに冒頭の奇抜さだけでは賞は獲れません。実は、優也には優也の言い知れぬ事情があります。彼は、ある事がもとで、とても深刻な性癖を抱えています。さらに優也は、湯本の “事情” をよく理解しています。
[収録作品]
1.キッドナッパーズ
2.目刺し
3.架空の風景
4.十字架ジュース
5.ごとんがたん
6.べつばら
7.おなじ本でも - 以上、掌編を含む7作。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆門井 慶喜
1971年群馬県生まれ。
同志社大学文学部卒業。
作品 「東京帝大叡古教授」「家康、江戸を建てる」「銀河鉄道の父」「マジカル・ヒストリー・ツアー/ミステリと美術で読む現代」(評論) 他多数
関連記事
-
-
『きのうの影踏み』(辻村深月)_書評という名の読書感想文
『きのうの影踏み』辻村 深月 角川文庫 2018年8月25日初版 雨が降る帰り道、後輩の女の子と
-
-
『虚談』(京極夏彦)_この現実はすべて虚構だ/書評という名の読書感想文
『虚談』京極 夏彦 角川文庫 2021年10月25日初版 *表紙の画をよく見てくださ
-
-
『国道沿いのファミレス』(畑野智美)_書評という名の読書感想文
『国道沿いのファミレス』畑野 智美 集英社文庫 2013年5月25日第一刷 佐藤善幸、外食チェーン
-
-
『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文
『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷 冬はどこまでも白い雪が降り積もり、
-
-
『夜の谷を行く』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『夜の谷を行く』桐野 夏生 文芸春秋 2017年3月30日第一刷 39年前、西田啓子はリンチ殺人の
-
-
『三度目の恋』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『三度目の恋』川上 弘美 中公文庫 2023年9月25日 初版発行 そんなにも、彼が好きなの
-
-
『きりこについて』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『きりこについて』西 加奈子 角川書店 2011年10月25日初版 きりこという、それはそれ
-
-
『熊金家のひとり娘』(まさきとしか)_生きるか死ぬか。嫌な男に抱かれるか。
『熊金家のひとり娘』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年4月10日初版 北の小さ
-
-
『物語が、始まる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『物語が、始まる』川上 弘美 中公文庫 2012年4月20日9刷 いつもの暮らしの
-
-
『乳と卵』(川上未映子)_書評という名の読書感想文
『乳と卵』川上 未映子 文春文庫 2010年9月10日第一刷 娘の緑子を連れて大阪から上京した