『ただしくないひと、桜井さん』(滝田愛美)_書評という名の読書感想文

『ただしくないひと、桜井さん』滝田 愛美 新潮文庫 2020年5月1日発行

ただしくないひと、桜井さん (新潮文庫)

滝田さんの小説は、怖い。怖くて、とても誠実だ。 - 彩瀬まる

悪いと思いながら少女は母を蹴る。性欲のまま早熟な体を安売りする。死病に冒された女は夫ではない男に身を任せ、夫は当てつけのように女を買う。貞淑な祖母は孫を見捨て、清らかなはずの女は 「一番愛している」 からと悦楽に溺れていく。口には出せないたくさんの秘密。それは他人の痛みに手を差し伸べる “桜井さん” の中にもあった。R-18文学賞読者賞を含む、日常への裏切りに満ちた連作集。(新潮文庫)

踏み外れていく、ただただ気持ちがいいその一歩と堕落。R-18文学賞読者賞受賞の 善悪を振り切る問題作!   “ただしくないひと” たちが織りなす4つの連作短編集

[目次]
・僕の前進を、ともに喜ぶ人は
・俺ではない男
・いくつになっても私には、
・わたしはまだ、わたしを知らない。

[解説より]
作中人物の言葉通り、この本は 「ただしいひと」 と 「悪いひと」 がいるのではなく、私たちはみんな 「ただしくないひと」 で、その 「ただしくなさ」 の現れ方に違いがあるだけだ、という不穏な仮定のもと、物語が紡がれている。

すごく怖い本だと思う。なにしろ、不倫をしている妻が実はきちんと夫を思い、愛していたりする。援助交際に手を染めた男が、制服好きのロリコンではなく普通の通勤帰りのサラリーマンだったりする。登場人物たちの行為には凄惨な過去や貧困やトラウマ、そんな大がかりな理由が用意されているわけではなく、強いて言うなら 「弱さがあったから」 彼らはそれを行う。ひょいと、さほど考えずに、渇いた喉を水で潤すくらい自然に、無自覚に、罪へと踏み出す。そのなめらかな展開に、読む側が想像しがちな大層な段差は存在しない。

(だから、怖いのだ。怖いもの見たさで、読まずにいられない) 「(著者の) 滝田さんの言葉にぷつりと刺されたとき、私たちの立っている足場はぐにゃぐにゃと歪み始める。こちら側と向こう側の段差はなくなり、ただの足元の悪い、時々ぬかるみに踏み込んでしまった人が転ぶ、広々とした地平が現れる。」

※これは読んだ方がいい。自分のことを 「正しい」 と思う人も、そうではない人も。若い人も、若くはない人も。幾つであっても、為になる。

この本を読んでみてください係数  85/100

ただしくないひと、桜井さん (新潮文庫)

 

◆滝田 愛美
1981年東京都生まれ。
東京外国語大学外国語学部 (朝鮮語)、東京大学文学部 (宗教学) 卒業。

作品 2014年、「ただしくないひと、桜井さん」 で女による女のための R-18文学賞読者賞を受賞してデビュー。他の著書に、「この血の流れ着くところ」 がある。

関連記事

『君は永遠にそいつらより若い』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『君は永遠にそいつらより若い』津村 記久子 筑摩書房 2005年11月10日初版 君は永遠にそ

記事を読む

『玉瀬家の出戻り姉妹』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『玉瀬家の出戻り姉妹』まさき としか 幻冬舎文庫 2023年9月10日初版発行 まさ

記事を読む

『鳥の会議』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『鳥の会議』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 鳥の会議 (河出文庫 や) ぼく

記事を読む

『さんかく』(千早茜)_なにが “未満” なものか!?

『さんかく』千早 茜 祥伝社 2019年11月10日初版 さんかく 「おいしいね」 を

記事を読む

『逃亡者』(中村文則)_山峰健次という男。その存在の意味

『逃亡者』中村 文則 幻冬舎 2020年4月15日第1刷 逃亡者 「一週間後、君が生き

記事を読む

『我らが少女A』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『我らが少女A』高村 薫 毎日新聞出版 2019年7月30日発行 我らが少女A 一人の

記事を読む

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』 辻内智貴 祥伝社 2012年10月20日初版 僕は

記事を読む

『毒母ですが、なにか』(山口恵以子)_書評という名の読書感想文

『毒母ですが、なにか』山口 恵以子 新潮文庫 2020年9月1日発行 毒母ですが、なにか (

記事を読む

『月と蟹』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『月と蟹』道尾 秀介 文春文庫 2013年7月10日第一刷 月と蟹   海辺

記事を読む

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷 男たちは命を賭して穴を

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『明日も会社にいかなくちゃ』(こざわたまこ)_書評という名の読書感想文

『明日も会社にいかなくちゃ』こざわ たまこ 双葉文庫 2023年9月

『玉瀬家の出戻り姉妹』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『玉瀬家の出戻り姉妹』まさき としか 幻冬舎文庫 2023年9月10

『琥珀の夏』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『琥珀の夏』辻村 深月 文春文庫 2023年9月10日第1刷

『沙林 偽りの王国 (上下) 』 (帚木蓬生)_書評という名の読書感想文

『沙林 偽りの王国 (上下) 』 帚木 蓬生 新潮文庫 2023年9

『雨の中の涙のように』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雨の中の涙のように』遠田 潤子 光文社文庫 2023年8月20日初

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑