『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』(滝口悠生)_書評という名の読書感想文

『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』滝口 悠生 新潮文庫 2018年4月1日発行


ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス (新潮文庫)

東北へのバイク旅行。美術準備室でのできごと。そしてジミヘンのギター。2001年の秋からいくつかの蛇行を経て2011年の春までをつなぐ、頼りなくもかけがえのない、やわらかな記憶の連なり --。人と世界へのあたたかいまなざしと、緻密で大胆な語りが融合した、記憶と時間をめぐる傑作小説。第153回芥川賞候補作。(新潮社webサイトより)

この物語の主人公であり、語り手でもある「私」と新之助は、ある事をきっかけに、三階にある美術準備室に通い詰めるようになります。それは二学期になってからもそうで、放課後はもちろん、授業をさぼって午前中からの時もありました。

房子が授業をしている間は、マンガを読んだり音楽を聴いたりしています。準備室には本やCDが散乱し、船木先生のものらしいアコースティックギターが置いてあります。船木先生のCDはロックもジャズもブルースもあり、ほとんどが60年代と70年代のものでした。

その頃二人が惹かれたのは激しくてどこか狂っているように思える音や曲で、私と新之助は特に、ジミヘンやレッドツェッペリンを好んで聴きました。- 二人は高校生。房子とは、二人が通う高校の美術講師・富士房子先生のことです。

左利きのジミ・ヘンドリクスは、右利き用のギターの弦を逆さに張り替えて弾いた。上下逆さまに抱えられたギターは、本来いちばん細い弦が張られるべきところにいちばん太い弦が張られ、いちばん太い弦が張られるところにいちばん細い弦が張られた。振動を拾うピックアップも、本来の弦の並びに合わせて配置されているから、その指向性も設計時の想定から大きく狂うことになる。

さらに、ジミ・ヘンドリクスは弦のテンションを操作するアームを極端に激しく動かし、音を変化させた。そのため彼のギターはすぐにチューニングが狂った。ギターをアンプに近づけたり、ギター自体を揺らしたりすることで、アンプから発された音にギターが共振して起こるフィードバックノイズを起こし、それを演奏に取り入れた。(P32.33)

あてのないバイク旅。高校の美術の臨時講師の、裸の房子。そこにあったギターと、そこで出会ったジミヘン - 時を経てさらに記憶は曖昧に、しかし尚確固たる思いとして消えることがありません。

船木先生と房子はできている。私がひと目もはばからず美術準備室に入り浸っていると、訳知り顔でそんなことを私に告げてくる同級生たちがいたが、そんなことはどうでもよかった。房子がすることを周りがどうこう言うのは馬鹿馬鹿しいし無駄だと思った。船木先生とできていようが、いまいが、そんな噂がたつことそれ自体が房子らしくて最高だ。

たしかに内心には激しい嫉妬がわきあがりもするのだったが、そんな切なさや苦しさなんかあの頃はいくらでも自分の周りに溢れていた。今だったら耐えられそうもない悩みや後悔や嫉妬や劣等感や自己嫌悪が、渦巻いている毎日だった。きっと誰もが似たようなものだった。(P35.36)

確かなはずのものが、今はもう像さえ結ばない。永遠に感じたそれは・・・・・・・、あれは、私に何を齎したのだろうかと。

その頃の私の世界は、私と房子と新之助がほとんどすべてだったから、我々と言えばその三人で、その三人はそれぞれに違うと言っても、そんなにたいして違いはなくて、同じところから来て、同じところに行く、同じ者だと思っていた。

あとから考えればそんなのは浅はかだけれど、あとから考えてどう思うかはその時には関係ないし、当たり前だけどわからなかった。浅はかだったならその浅はかさがその時で、それが哀れなら哀れなのがその時だったが、浅はかとも哀れとも気づかずに、いやそんなことは全然考えもせずに、その時自分は不足や不満も抱えながら満ち満ちに満ちていた。(P37)

原付バイクと伝説のギターが呼び覚ます、19歳の俺の物語。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス (新潮文庫)

◆滝口 悠生
1982年東京都八丈町生まれ。埼玉県入間市出身。
早稲田大学第二文学部中退。

作品 「寝相」「愛と人生」「死んでいない者」「茄子の輝き」「高架線」など

関連記事

『すべて真夜中の恋人たち』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『すべて真夜中の恋人たち』川上 未映子 講談社文庫 2014年10月15日第一刷 すべて真夜中

記事を読む

『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)_書評という名の読書感想文

『その可能性はすでに考えた』井上 真偽 講談社文庫 2018年2月15日第一刷 その可能性はす

記事を読む

『白いしるし』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『白いしるし』西 加奈子 新潮文庫 2013年7月1日発行 白いしるし (新潮文庫) &

記事を読む

『白いセーター』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『白いセーター』今村 夏子 文学ムック たべるのがおそい vol.3 2017年4月15日発行

記事を読む

『スリーパー/浸透工作員 警視庁公安部外事二課 ソトニ』(竹内明)_書評という名の読書感想文

『スリーパー/浸透工作員 警視庁公安部外事二課 ソトニ』竹内 明 講談社 2017年9月26日第一刷

記事を読む

『からまる』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『からまる』千早 茜 角川文庫 2014年1月25日初版 からまる (角川文庫) 地方公務員

記事を読む

『とにかくうちに帰ります』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『とにかくうちに帰ります』津村 記久子 新潮社 2012年2月25日発行 とにかくうちに帰りま

記事を読む

『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷 夜蜘蛛 (文春文庫) &nb

記事を読む

『侵蝕 壊される家族の記録』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『侵蝕 壊される家族の記録』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2016年6月25日初版 侵蝕 壊され

記事を読む

『空海』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『空海』高村 薫 新潮社 2015年9月30日発行 空海   空海は二人いた

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『その先の道に消える』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『その先の道に消える』中村 文則 朝日新聞出版 2018年10月30日

『リアル鬼ごっこ』(山田悠介)_書評という名の読書感想文

『リアル鬼ごっこ』山田 悠介 幻冬舎文庫 2015年4月1日75版

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 20

『電球交換士の憂鬱』(吉田篤弘)_書評という名の読書感想文

『電球交換士の憂鬱』吉田 篤弘 徳間文庫 2018年8月15日初刷

『私のクラスの生徒が、一晩で24人死にました。』(日向奈くらら)_書評という名の読書感想文

『私のクラスの生徒が、一晩で24人死にました。』日向奈 くらら 角川ホ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑