『負け逃げ』(こざわたまこ)_書評という名の読書感想文

『負け逃げ』こざわ たまこ 新潮文庫 2018年4月1日発行


負け逃げ (新潮文庫)

第11回 『女による女のためのR-18文学賞』 読者賞受賞作 「僕の災い」 を含む連作短編集。冒頭に受賞作、あとに 「美しく、輝く」「蠅」「兄帰らず」「けもの道」「ふるさとの春はいつも少し遅い」- と続きます。

「先生」
ヒデジは、うん? と言って振り向き、私の言葉の続きを待っていた。西日が、ヒデジの顔を照らしている。その時にはもう、知っていた。自分がヒデジに、何を言いたかったのか。
「先生は、どうしてこの村に戻って来たんですか」
私はずっと、これが聞きたかった。ヒデジが何故この村を出ていったのか、そんなことはどうでもよかった。

この村を出る理由なんて、掃いて捨てる程ある。私にも、ヒデジにも、もちろん志村先生にだって。多分、この村に住む人の数だけ。この村を出た人も、いつかこの村を出る人も、この村を出ることはない人も、それを持っている。本当は、ヒデジ達の噂話に花を咲かせるこの村の誰もが。

けど、ヒデジが村に戻って来た理由は、私にはわからない。きっと、誰にもわからない。戻ってきた人にしかわからない。どんなにその理由が明らかなように見えたって、きっとその人にしか。母には母の、母だけの理由がきっと、あるように。(「ふるさとの春はいつも少し遅い」 より)

町の人にはわからない。村で暮らすとは、例えばこういうことである。

平日の朝。八時を過ぎると、家のある辺り一帯がしんとなる。集落の中ほどにあっては、車はもとより、人が歩く気配すら消えてなくなる。春秋の農繁期の一時を除き、年がら年中そんなありさまだ。

じきに五月の祭りがやってくる。その時だけは、道を、やたらに人が行き来する。平生よりかは幾分大きめの、世間話の声が聞こえてくる。村でする一大イベントに、皆が沸き立つ気持ちを抑えられないでいるのだろう。

かつては私もそうであったように思う。しかし、おそらくは、今いる若者の多くはそうではないのだろう。

祭りが嫌なわけではない。慣れ親しんだ太鼓の音や鐘の拍子に気持ちが昂りもするだろう。但し、進んで参加しようとは思わない。遠目に眺めるくらいがせいぜいで、

いるにはいるけれど、彼らはもはや、そんなこととは違う世界で生きている。

国道沿いのラブホテルのネオンだけが夜を照らす村を、自転車で爆走する高校生の田上。ある晩ラブホ帰りの同級生、野口と遭遇した。足が不自由な彼女は “復讐” のため、村中の男と寝るという。田上は協力を申し出るが・・・・・・・。出会い系、不倫、家庭崩壊、諦めながら見る将来の夢。地方に生まれた全ての人が、そこを出る理由も、出ない理由も持っている。光を探して必死にもがく、青春疾走群像劇。(新潮文庫)

この村いちばんのヤリマンの女子高生、イヤホンで大音量の音楽を聴きながら深夜の国道を自転車で疾走する男子高校生、生徒たちから呼ばわりされる四十代前半の生物教師、その教師と不倫中の同僚

皆に共通するのは、いいようのない閉塞感。町というのもおこがましいほど小さな村 - 閉ざされた中で生きることを強いられたかれらは必死になって足掻きます。その様子が、痛く切ないまでに語られていきます。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


負け逃げ (新潮文庫)

◆こざわ たまこ
1986年福島県原町市(現・南相馬市原町区)生まれ。
専修大学文学部卒業。

作品 2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー。15年、同作を収録した連作短編集「負け逃げ」を刊行。初めての単行本となる。

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