『ざらざら』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/05/07 『ざらざら』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(さ行)

『ざらざら』川上 弘美 新潮文庫 2011年3月1日発行


ざらざら (新潮文庫)

 

風の吹くまま旅をしよう、と和史が言ったのだ。なんなのよそれ、あんたは昔のフォーク歌手か、とあたしは言いそうになったが、我慢した。(「ラジオの夏」)

黒田課長のことは、二人でお酒を飲むときもベッドの中でも、「課長」と呼んでいる。最初は妙な顔をされたが、じきに「なんだか少しそれ、興奮するね」と喜ばれた。(「びんちょうまぐろ」)

中林さんに会えない日があと少なくとも五日以上続くのかと思うと、どたばた暴れたくなる。でも暴れない。あたしは大人だから。かわりに図鑑を見ることにする。「魚の目利き図鑑」。(「コーヒーメーカー」)

クリスマスって、なんか、もういいって感じだけどさ、正月はいいよ。これからは、正月だよな。そんなふうにおだをあげながら、わたしと恒美とバンちゃんの三人で、お酒を飲んでいた。(「ざらざら」)

わたしたちは向かいあって、お互いの「はだかエプロン」姿をじろじろ観察しあった。えりちゃんのおっぱいって、あんまり大きくないけど、ぴんと張ってるね。わたしが言うと、くみちゃんはおしりがいろっぽいよ、と、おかえしにえりちゃんも言ってくれた。(「ときどき、きらいで」)

彼にふられたのは、火曜日の夜だった。火曜日という日が、あたしは一週間の中でいちばん好きだったのに。月曜日はまだまだ熟していない、青臭いメロンみたいな日。水曜日木曜日は、少し熟しはじめたバナナ。金曜土曜ならば、今にも枝から離れようとしているパパイヤ。
そのどれでもない、匂いもほとんどしないような、けれどかすかな甘みのある、フルーツトマトみたいな火曜日が、わたしはいちばん好きだった。清潔で、ちょっとよそよそしくて、きりっとした日。(「淋しいな」)

あたしが種田くんに「ひっかかって」から、二ヶ月近くが過ぎた。あたしは、だんだん種田くんが好きになる。癪でしょうがない。まだセックスはしてないけれど、なんだか危ない感じ。(「笹の葉さらさら」)

23の掌編が収められています。結構きわどいのも、あるにはあるのですが、そんなのに一々欲情していると、きっとこの人には嫌われるんだろうな、などと訳もなく思ってしまいます。

タイトルは『ざらざら』と濁点がついていますが、川上弘美という人は、ホントに〈さらさら〉と生きてるんだなぁ、と思えてくるような文章なのであります。

 

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ざらざら (新潮文庫)

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。本名は山田弘美。
お茶の水女子大学理学部卒業。高校の生物科教員などを経て作家デビュー。俳人でもある。

作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「センセイの鞄」「真鶴」「風花」「天頂より少し下って」「パスタマシーンの幽霊」「どこから行っても遠い町」他多数

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