『「いじめ」をめぐる物語』(角田光代ほか)_書評という名の読書感想文

『「いじめ」をめぐる物語』角田 光代ほか 朝日文庫 2018年8月30日第一刷

いじめを受けた側、いじめた側、その友だち、家族、教師・・・・・・・「いじめ」には、さまざまな “当事者” たちがいる。7人の人気作家が「いじめ」をめぐる人々の心模様を、ときにやさしく、ときに辛辣な視点で深く迫った物語を競作。胸の奥に、しずかに波紋を投げかける、「いじめ」がテーマの文庫オリジナルアンソロジー。(朝日文庫)

[収録作品]
緑の猫          江國香織
サークルゲーム       荻原浩
明滅          小田雅久仁
空のクロール     角田光代
20センチ先には       越谷オサム
早穂とゆかり      辻村深月
メントール        中島さなえ

彼女には明確な目的があったのです。小学校三年生のときから塾に通っていたのは、A大付属中学に進むためでした。そんな子供は他にはおらず、どこか雰囲気が違うと見なされた彼女はめがるざると呼ばれ、親しくしてくれる友達は誰もいません。

本当は誰かとうんと仲良くなりたかったのにそれがかなわず、彼女は、自分が傷つかないためにみんなを見下すことにします。頭が悪くて不潔でみんな一緒にしか行動できない子供たち、クラスメイトのことをそんなふうに思っていました。そう思うと、話しかけられないほうが気楽だったからです。

A大付属中学に行ったらどうなるんだろう。その先に何があるのか、あるいはその中に何があるのか - 合間にふとそんな思いが浮かぶのですが、それより先は考えがまとまらず、そんな時彼女はとりあえずA大付属中学に通っている自分を思い描いて過ごします。

学校のパンフレットを開いたり閉じたりし、ブルーのリボンのセーラー服を身に着けた自分を想像し、校章の刻まれた鉄の門をくぐるところを思い浮かべ、友達と笑ったり、何か深刻に話し合ったり、秘密を打ち明けあったりするところを思ってみます。

するとそれはだんだんと現実みを帯び、彼女が描く未来の自分がくっきり浮かびあがってくるのでした。その場所はたいそう楽しいところで、自分が今いる教室のクラスメイトより先生より壁のいたずら描きよりも、なお近いものになるのでした。

けれど悩む必要は何もなかった。それだけ勉強していたにもかかわらず、私はA大付属中学を落ちた。落ちたのである。私はただのめがねざるだった。(角田光代「空のクロール」より)

受験に失敗した過去を引きずりながら、彼女はすべりどめに受けた女子校に通うことになります。そこはA大付属よりずいぶんランクは落ちるものの伝統があり、よほどのことがない限り都内にある付属の短大まで進める学校でした。

父と母は何も言いません。その女子校の制服が有名デザイナーの手によるものであることを母親は異様なくらい喜んでいたのでした。

彼女はその夜眠りに落ちる前に泣きます。どうして泣いたのか自分でもよくわからないくらいに涙が溢れて出てきます。A大付属になんとしても行きたいわけではなかったし、彼女のことをめがねざると呼ぶクラスメイトたちと同じ中学に行くわけでもなかったのに、

涙は次から次へとこぼれ落ちた。そうしているうち次第に興にのってきて、漫画の中で女の子がよくそうするように、枕に顔を埋めて泣き続けた。声を殺してしゃくりあげていると、こうすることはとても気持ちのいいものなのだと知った。(P152)

- さて、ここまでがいわば物語の序章とも言える部分です。

進学後、彼女はある思いを胸に、ある途方もない決心をします。この物語は、実はそこから始まっています。

この本を読んでみてください係数 85/100

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