『純平、考え直せ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『純平、考え直せ』奥田 英朗 光文社文庫 2013年12月20日初版


純平、考え直せ (光文社文庫)

坂本純平は気のいい下っ端やくざ。喧嘩っ早いが、女に甘くて男前。歌舞伎町ではちょっとした人気者だ。そんな彼が、対立する組の幹部の命(タマ)を獲ってこいと命じられた。気負い立つ純平だが、それを女に洩らしたことから、ネット上には忠告や冷やかし、声援が飛び交って・・・・・・・。決行まで3日。様々な出会いと別れの末に、純平が選ぶ運命は? 一気読み必至の青春小説! (光文社文庫)

純平は裏表のない性格で、よくいえば純真。但し、融通のきかなさ加減においてはハンパなく、さすがやくざになろうというだけのことはあります。若さゆえ世間知らずではあるものの、彼は「男気」だけを頼みに、生きて行くぞと固く心に誓っています。

ところが、その心意気とは裏腹に、純平は “可愛い顔立ち” をした男前で、いかにもやくざに似合いません。毒を吐いても毒とは思われず、意気がってはみても、それは兄貴のマネをしているだけと、誰も怖がりません。

歌舞伎町にいるホステスやキャバ嬢がそうなら、たまに遊びに来る連中の、特によく似た歳のギャルにとっては、彼はお気軽な遊び相手として最適な人物に思えます。

当然のことながら、最初、加奈は純平をやくざなどとは思いもしません。二人は出会ったばかり。なのに二人は(加奈の誘いで)ラブホテルにいます。

ホテルに戻ると、加奈が浴衣姿でベッドに寝転がり、携帯電話をいじっていた。
「あ、純平。おかえり。あのさあ、ケータイのサイトに純平のこと書き込んだら、すっごいレスが返ってきた。みんな、マジで心配してる」 加奈がはしゃいだ声を出し、手招きした。

「ほら、こんなにレスがある。いい、ひとつ読んでみようか。 《純平君は考え直したほうがいいと思うよ。いまどき鉄砲玉なんて流行らないよ。組長はよろこぶかもしれないけれど、何か保障はあるのかな? 刑務所から出てきたとき、組がなくなっていたらどうする? もう一度、冷静に。by名無し》

「おめえ、何を書き込んだんだ」 加奈が悪戯を咎められた子供のように唇をむいた。
「言え! 」
「・・・・・・・今、ラブホで一緒にいる男の子が暴力団の組員で、週が明けたら抗争相手の幹部を殺さなきゃなんないって。それで、やめさせる方法があったら誰か教えてって」

「このアマ、なんてことを・・・・・・・。名前まで載せやがったのか」 「平気だよ。フルネームじゃないし。《純平》 だけだから、日本のどこだかもわからないし」

「くそったれ。人をオモチャにしやがって」 「心配してんじゃん。わたし、純平にやめてもらいたいから・・・・・・・」 「うるせい。おれに構うんじゃねえ」

加奈が携帯を取り出した。親指だけで器用に操作して、インターネットのサイトを画面操作する。純平がのぞき込むと、ほんの小一時間の間に十件を超える書き込みが寄せられていた。(P95~97/一部割愛)

「望んで人を殺す」と決めた並々ならぬ純平の決意はいとも軽く扱われ、あるべきはずの切迫さがまるでないかのごとくに語られてゆきます。物事すべてが 「作り話」 のようで、特にネット上で交わされる会話の大方は、加奈がする「架空の話」ではないかという思いを前提に、無責任な、ふざけた会話で溢れ返ります。

紆余曲折を経て、決行までに与えられた休暇の三日間があっという間に過ぎてゆきます。やがてネット上でのやり取りは、間際になって、始めにはない “真実味” を帯びてゆきます。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


純平、考え直せ (光文社文庫)

◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家。

作品 「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「空中ブランコ」「町長選挙」「沈黙の町で」「無理」「噂の女」「ナオミとカナコ」「向田理髪店」他多数

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