『名前も呼べない』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『名前も呼べない』伊藤 朱里 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷

アンタ本当に自分を痛めつけることにかけては天才的ね」 最高の面倒くさい女小説にして第31回太宰治賞を受賞した著者のデビュー作

元職場の女子会で恵那は恋人に娘ができたことを知らされる。かつての父との出来事や、異性装の親友メリッサに救われた大学の飲み会、保育園で誤解を受けた保護者との関係、自身の女性性をもてあまし、生きづらさを抱える恵那の支えとなっていた恋人の裏切りを知り、自暴自棄となった恵那が伸ばす手の先にあるものは - 。第31回太宰治賞受賞作がついに文庫化! 解説 児玉雨子 (ちくま文庫)

目次
・名前も呼べない
・お気に召すまま

本書に収録された二篇の主人公は、瓦解した家族からなんとか自立したものの、背負いすぎた罪悪感で潰れた自らを、松葉杖をついて支えているのがやっとで、どこにも進めない状態にいるようだ。しかも、二篇とも瓦解の理由は、いちおうそれなりに仄めかされているものの、読者に懇切丁寧に開示されないまま物語が進むことが共通している。

名前も呼べないの恵那のばあい、十二歳の時に父に窓から放り落とされたことが直接の原因として両親が離婚しているが、母や宝田との間には、父からの性的虐待があったと読める会話もある。

さらに母は娘が誘惑したのだと決め込んで恵那を責め、父を追求せず離婚後も連絡をとっている。そしてその母を、祖母や親戚が責める。落下した衝撃で恵那の記憶の同一性も信憑性があるとは言えず、そのきっかけの真相は覆い隠されて、読者に語られない。というよりも、語り手である恵那にも全貌が見えていない。

勤務していた保育園で言い寄ってきた保護者も、ピアノ講師の亮子の夫で上司でもある宝田との関係も、事実を超えてしまった解釈が、恵那に責任のようなものを負わせる。彼女は性的接触が苦手で、さらに男性を性的対象にしていないことが明らかになるので、彼女が泥棒 であると他者が解釈した出来事の多くは、いずれもただの誤解であることがわかる。(解説より)

成人後、恵那は (自分にふり向けられた) 多くの 「誤解」 に悩むのですが、その誤解の大元の原因がどこにあるかは明示されません。

されないままではありますが、薄々ながら、それが彼女と彼女の父との関係にあるのではないかということがわかります。明らかに、恵那は父を嫌っています。嫌う理由があると、固く信じています。

彼女が思い悩むのは当然で、わかるのですが、それにしても彼女の落ち込み様は度を超えてしつこく粘着質で、その “面倒くささ” といったらハンパではありません。

親友のメリッサが言う通り、「自分を痛めつけることにかけては天才的」 で、それがもとでか、仕事も長く続きません。「誤解」 されて傷ついて、ひきこもり、傷は癒えることなくなおも彼女を蝕んでいきます。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆伊藤 朱里
1986年静岡県浜松市生まれ。
お茶の水女子大学文教育学部卒業。

作品 「きみはだれかのどうでもいい人」「稽古とプラリネ」「緑の花と赤い芝生」「ピンク色なんかこわくない」他

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