『夏の騎士』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『夏の騎士』(百田尚樹), 作家別(は行), 書評(な行), 百田尚樹

『夏の騎士』百田 尚樹 新潮社 2019年7月20日発行

勇気 - それは人生を切り拓く剣だ。

あれから31年の歳月が流れたが、ぼくが今もどうにか人生の荒波を渡っていけるのは、あの頃手に入れた勇気のおかげかもしれない。昭和最後の夏に経験した、謎をめぐる冒険、友情、そして小さな恋。新たなる感動を呼び起こす百田版 「スタンド・バイ・ミー」、堂々刊行。(新潮社)

小学校最後の夏休みに入る1か月ほど前のことです。「騎士団」 を結成しようと言い出したのは、宏志でした。彼をリーダーに陽介と健太の3人は、自らを 「円卓の騎士」 と名乗ることにします。

3人は絵に描いたような劣等生で、まるで勉強や運動ができません。それはそれでとても惨めではあったのですが、それとは別に (勉強や運動ができることよりもなお切実に)、3人には何としても叶えたい と願うことがありました。

それが、「勇気」 を手に入れる - ということでした。

悲しいかな、3人にはまるで勇気がありません。それがもとで強い劣等感を抱いています。騎士団を結成し、円卓の騎士となることで、3人の少年たちは今ある自分の殻を破ろうとしています。その覚悟は、並大抵のものではありません。

遠藤宏志は元来意気地なしで臆病な性格で、それを周囲に知られないようにいつも陽気にふるまい、時には向こう見ずな風を演じてはいるものの、同級生たちには本当はそうではないとばれていたかもしれないと、後になって心配ばかりしています。

高頭健太は5年生のとき同じクラスになってからの友人でした。最初、健太は誰とも喋らず、いつもクラスでポツンとひとりでした。それは彼が吃音症だったからです。口の悪い連中が健太のどもりをからかい、陽介がそれをかわいそうに思って声をかけたのが、友人となったきっかけでした。陽介にはそんな優しいところがあります。

木島陽介は体は大きかったが、そのほとんどは脂肪で - つまりは肥満体だ - 女の子にも口げんかで泣かされてしまうほど気が弱かった。勉強もまったくできず、漢字は小学校三年生くらいの力しかなかったし、分数の足し算や引き算もできなかった。もし小学校に落第制度があれば、六年生にはなれなかっただろう。

家は貧しく、母子家庭で生活保護を受けていた。隣に住んでいる陽介の祖母も、近所に住んでいる陽介の叔母も、生活保護を受けていた。当時は生活保護という制度が今ほど一般的ではなく、町の人の多くは働かないでお金をもらうのは恥ずかしいことだと考えていた。一度、うちの母が 木島君も大きくなったら、多分生活保護を受けるやろな と言った。ぼくが理由を聞くと、母は 生活保護というのは連鎖するんやと答えた。自分の友人が母にそんなふうにバカにされて決めつけられるのを聞くのは嫌だったが、社会も人生も知らないぼくには、何と言い返せばいいのかわからなかった。(本文より)

ひと夏の冒険譚であり、初々しい恋の始まりを予感させるこの物語には、見た目も出自もまるで違う二人のヒロインが登場します。

一人は、「騎士団が愛と忠誠を捧げる」 と誓った有村有布子。彼女は3人と同じクラスの女子で、大人びて近寄りがたい雰囲気が魅力の学校一の美少女でした。彼女は3人よりも一歳上の帰国子女で、英語が堪能で頭脳明晰、他の連中とは違いきれいな標準語を喋ります。「騎士団のレディー」 として、彼女は申し分のない人物でした。

そしてもう一人が、これも同じクラスにいた壬生紀子という女子で、騎士団結成宣言をした二日後、3人は彼女から一番きついからかいの言葉を投げつけられます。

三バカトリオが、また間抜けなものを作ったんやてな
壬生は前日まで、風邪か何かで学校を休んでいたのだ。あるいはずる休みだったのかもしれない。彼女はよく学校を休んでいたからだ。クラス一の嫌われ者の女子で、言葉遣いは乱暴だった。あだ名のひとつはおとこおんな だ。髪の毛は坊主みたいに短く、おまけに口の周りにはうっすらとヒゲが生えていた。服はつぎはぎだらけの安物のシャツで、いつもよれよれのジーパンを穿いていた。クラスの女子で毎日いつもズボンを穿いていたのは壬生だけだった。(本文より)

※どこにも書かれていませんが、その頃の陽介を思うと、私は身を裂かれるような気持ちになりました。心ない母の言葉は、宏志をどれだけ傷付けたことでしょう。随分と前のことですが、私は陽介とよく似た少年を知っています。

壬生は、頑なまでに本心を晒しません。そうすることで、何とか自分自身を守っています。おそらく、誰より “闘っている” のが彼女ではないかと。彼女の母親は精神を病んでいます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆百田 尚樹
1956年大阪府大阪市生まれ。
同志社大学中退。

作品 「永遠の0」「海賊とよばれた男」「モンスター」「影法師」「フォルトゥナの瞳」「カエルの楽園」他多数

関連記事

『ある男』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『ある男』平野 啓一郎 文藝春秋 2018年9月30日第一刷 [あらすじ] 弁護士

記事を読む

『にぎやかな湾に背負われた船』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな湾に背負われた船』小野 正嗣 朝日新聞社 2002年7月1日第一刷 「浦」 の駐在だっ

記事を読む

『半自叙伝』(古井由吉)_書評という名の読書感想文

『半自叙伝』古井 由吉 河出文庫 2017年2月20日初版 見た事と見なかったはずの事との境が私に

記事を読む

『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版 「ここには、何かがいる・・・・・・

記事を読む

『熱源』(川越宗一)_書評という名の読書感想文

『熱源』川越 宗一 文藝春秋 2020年1月25日第5刷 樺太 (サハリン) で生

記事を読む

『透明な迷宮』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文

『透明な迷宮』平野 啓一郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 深夜のブタペストで監禁された初対面の

記事を読む

『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初版 大丈夫、ま

記事を読む

『そして、海の泡になる』(葉真中顕)_書評という名の読書感想文

『そして、海の泡になる』葉真中 顕 朝日文庫 2023年12月30日 第1刷発行 『ロスト・

記事を読む

『夏物語』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『夏物語』川上 未映子 文春文庫 2021年8月10日第1刷 世界が絶賛する最高傑

記事を読む

『泣いたらアカンで通天閣』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『泣いたらアカンで通天閣』坂井 希久子 祥伝社文庫 2015年7月30日初版 大阪

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑