『夏の騎士』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
『夏の騎士』(百田尚樹), 作家別(は行), 書評(な行), 百田尚樹
『夏の騎士』百田 尚樹 新潮社 2019年7月20日発行
勇気 - それは人生を切り拓く剣だ。
あれから31年の歳月が流れたが、ぼくが今もどうにか人生の荒波を渡っていけるのは、あの頃手に入れた勇気のおかげかもしれない。昭和最後の夏に経験した、謎をめぐる冒険、友情、そして小さな恋。新たなる感動を呼び起こす百田版 「スタンド・バイ・ミー」、堂々刊行。(新潮社)
小学校最後の夏休みに入る1か月ほど前のことです。「騎士団」 を結成しようと言い出したのは、宏志でした。彼をリーダーに陽介と健太の3人は、自らを 「円卓の騎士」 と名乗ることにします。
3人は絵に描いたような劣等生で、まるで勉強や運動ができません。それはそれでとても惨めではあったのですが、それとは別に (勉強や運動ができることよりもなお切実に)、3人には何としても叶えたい と願うことがありました。
それが、「勇気」 を手に入れる - ということでした。
悲しいかな、3人にはまるで勇気がありません。それがもとで強い劣等感を抱いています。騎士団を結成し、円卓の騎士となることで、3人の少年たちは今ある自分の殻を破ろうとしています。その覚悟は、並大抵のものではありません。
遠藤宏志は元来意気地なしで臆病な性格で、それを周囲に知られないようにいつも陽気にふるまい、時には向こう見ずな風を演じてはいるものの、同級生たちには本当はそうではないとばれていたかもしれないと、後になって心配ばかりしています。
高頭健太は5年生のとき同じクラスになってからの友人でした。最初、健太は誰とも喋らず、いつもクラスでポツンとひとりでした。それは彼が吃音症だったからです。口の悪い連中が健太のどもりをからかい、陽介がそれをかわいそうに思って声をかけたのが、友人となったきっかけでした。陽介にはそんな優しいところがあります。
木島陽介は体は大きかったが、そのほとんどは脂肪で - つまりは肥満体だ - 女の子にも口げんかで泣かされてしまうほど気が弱かった。勉強もまったくできず、漢字は小学校三年生くらいの力しかなかったし、分数の足し算や引き算もできなかった。もし小学校に落第制度があれば、六年生にはなれなかっただろう。
家は貧しく、母子家庭で生活保護を受けていた。隣に住んでいる陽介の祖母も、近所に住んでいる陽介の叔母も、生活保護を受けていた。当時は生活保護という制度が今ほど一般的ではなく、町の人の多くは働かないでお金をもらうのは恥ずかしいことだと考えていた。一度、うちの母が 「木島君も大きくなったら、多分生活保護を受けるやろな」 と言った。ぼくが理由を聞くと、母は 「生活保護というのは連鎖するんや」 と答えた。自分の友人が母にそんなふうにバカにされて決めつけられるのを聞くのは嫌だったが、社会も人生も知らないぼくには、何と言い返せばいいのかわからなかった。(本文より)
ひと夏の冒険譚であり、初々しい恋の始まりを予感させるこの物語には、見た目も出自もまるで違う二人のヒロインが登場します。
一人は、「騎士団が愛と忠誠を捧げる」 と誓った有村有布子。彼女は3人と同じクラスの女子で、大人びて近寄りがたい雰囲気が魅力の学校一の美少女でした。彼女は3人よりも一歳上の帰国子女で、英語が堪能で頭脳明晰、他の連中とは違いきれいな標準語を喋ります。「騎士団のレディー」 として、彼女は申し分のない人物でした。
そしてもう一人が、これも同じクラスにいた壬生紀子という女子で、騎士団結成宣言をした二日後、3人は彼女から一番きついからかいの言葉を投げつけられます。
「三バカトリオが、また間抜けなものを作ったんやてな」
壬生は前日まで、風邪か何かで学校を休んでいたのだ。あるいはずる休みだったのかもしれない。彼女はよく学校を休んでいたからだ。クラス一の嫌われ者の女子で、言葉遣いは乱暴だった。あだ名のひとつは 「おとこおんな」 だ。髪の毛は坊主みたいに短く、おまけに口の周りにはうっすらとヒゲが生えていた。服はつぎはぎだらけの安物のシャツで、いつもよれよれのジーパンを穿いていた。クラスの女子で毎日いつもズボンを穿いていたのは壬生だけだった。(本文より)
※どこにも書かれていませんが、その頃の陽介を思うと、私は身を裂かれるような気持ちになりました。心ない母の言葉は、宏志をどれだけ傷付けたことでしょう。随分と前のことですが、私は陽介とよく似た少年を知っています。
壬生は、頑なまでに本心を晒しません。そうすることで、何とか自分自身を守っています。おそらく、誰より “闘っている” のが彼女ではないかと。彼女の母親は精神を病んでいます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆百田 尚樹
1956年大阪府大阪市生まれ。
同志社大学中退。
作品 「永遠の0」「海賊とよばれた男」「モンスター」「影法師」「フォルトゥナの瞳」「カエルの楽園」他多数
関連記事
-
-
『主よ、永遠の休息を』(誉田哲也)_せめても、祈らずにはいられない。
『主よ、永遠の休息を』誉田 哲也 中公文庫 2019年12月25日5刷 主よ、永遠の休息を
-
-
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)_書評という名の読書感想文
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮文庫 2021年7月1日発行
-
-
『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文
『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 夏と花火と私の死体 (集英
-
-
『泣いたらアカンで通天閣』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文
『泣いたらアカンで通天閣』坂井 希久子 祥伝社文庫 2015年7月30日初版 泣いたらアカン
-
-
『二十歳の原点』(高野悦子)_書評という名の読書感想文
『二十歳の原点』高野 悦子 新潮文庫 1979年5月25日発行 二十歳の原点 (新潮文庫)
-
-
『ブエノスアイレス午前零時』(藤沢周)_書評という名の読書感想文
『ブエノスアイレス午前零時』藤沢 周 河出書房新社 1998年8月1日初版 ブエノスアイレス午
-
-
『それまでの明日』(原尞)_書評という名の読書感想文
『それまでの明日』原 尞 早川書房 2018年3月15日発行 それまでの明日 11月初旬のあ
-
-
『はんぷくするもの』(日上秀之)_書評という名の読書感想文
『はんぷくするもの』日上 秀之 河出書房新社 2018年11月20日初版 はんぷくするもの
-
-
『ノボさん/小説 正岡子規と夏目漱石』(伊集院静)_書評という名の読書感想文
『ノボさん/小説 正岡子規と夏目漱石』(上巻)伊集院 静 講談社文庫 2016年1月15日第一刷
-
-
『農ガール、農ライフ』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文
『農ガール、農ライフ』垣谷 美雨 祥伝社文庫 2019年5月20日初版 農ガール、農ライフ