『熱源』(川越宗一)_書評という名の読書感想文
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『熱源』(川越宗一), 作家別(か行), 川越宗一, 書評(な行)
『熱源』川越 宗一 文藝春秋 2020年1月25日第5刷
樺太 (サハリン) で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフ。開拓使たちに故郷を奪われ、集団移住を強いられたのち、天然痘やコレラの流行で妻や多くの友人たちを亡くした彼は、やがて山辺安之助と名前を変え、ふたたび樺太に戻ることを志す。
一方、ブロニスワフ・ピウスツキは、リトアニアに生まれた。ロシアの強烈な同化政策により母語であるポーランド語を話すことも許されなかった彼は、皇帝の暗殺計画に巻き込まれ、苦役囚として樺太に送られる。
日本人にされそうになったアイヌと、ロシア人にされそうになったポーランド人。文明を押し付けられ、それによってアイデンティティを揺るがされた経験を持つ二人が、樺太で出会い、自らが守り継ぎたいものの正体に辿り着く。樺太の厳しい風土やアイヌの風俗が鮮やかに描き出され、国家や民族、思想を超え、人と人が共に生きる姿が示される。金田一京助がその半生を 「あいぬ物語」 としてまとめた山辺安之助の生涯を軸に描かれた、読者の心に 「熱」 を残さずにはおかない書き下ろし歴史大作。(文藝春秋BOOKSより)
第162回直木賞受賞作 『熱源』 を読みました。この小説は 「文明という名の侵略に立ち向かった二人の男の物語」 です。
一人は、名をヤヨマネクフ (日本名:山辺安之助) といいます。樺太出身のアイヌで、幼少時に北海道・対雁 (ついしかり) に移住し、その後再び樺太に戻ることを決意します。それは彼が、(日本人ではなく) 終生アイヌとして生きる覚悟のためでした。
一人は、名をブロニスワフ・ピウスツキといいます。リトアニア生まれのポーランド人である彼は、ロシア皇帝暗殺を謀った罪でサハリン (樺太) に流刑となります。極寒の地で無為に過ごす彼を救ったのは、ギリヤークのチュウルカという男でした。(ギリヤーク:オロッコ、アイヌと並びサハリンの主要な異族人のひとつ。主に島の北部に居住している)
ヤヨマネクフには二人の幼馴染みがいます。同じ樺太出身のシシラトカ (日本名:花守信吉) と和人の父とアイヌの母を持つ千徳太郎治は、出自や気質は違えども、ヤヨマネクフにとって終生変わらぬ友となります。
キサラスイは対雁村で一番の美人と呼ばれる女性で、五弦琴 (トンコリ) の名手でもあった彼女は、やがてヤヨマネクフの妻となります。
ブロニスワフが流刑になったのは、ほとんど言いがかりのようなものでした。ロシア皇帝の暗殺計画を立てた知人に部屋を貸しただけのことで、彼はサハリン島へ流刑の上、懲役十五年の苦役囚となったのでした。
さらには、懲役を終えると次に 「流刑入植囚」 という身分に編入され、強制労働や懲罰はないものの、行政府に指定された島内の入植村で十年間、開拓労働に従事しなければなりません。つまりはあわせて二十五年の間、彼は島から一歩も出てはならないのでした。
ブロニスワフが救われたのは - 、囚人身分のままで島から出られるようになったのは、彼が書いた論文 「サハリン・ギリヤークの困窮と欲求」 が地理学協会の紀要に掲載されたことがきっかけでした。サハリン行政府は彼に対し、(期限付きではあるものの) 遂にヴラジオストーク滞在許可を出したのでした。
異なる出自の、異なる人種の二人は、ある “熱い思い” のもとに、やがて見果てぬ世界へその身を転じることになります。二人には、その世界がどう見えたのか。見たあと二人は何を思い、何を決意し、何を成したのか。成し得なかったのか。彼らを突き動かした 「熱源」 とは? 抗い続ける彼らの魂に、真の救いはあるのでしょうか。
2018年に 『天地に燦なり』 で松本清張賞を受賞した川越宗一さんのデビュー二作目は、想像をはるかに超えるスケールの作品になりました。実在した樺太 (サハリン) アイヌとサハリン流刑囚を主要人物に据え、多くのものを奪われてきた互いの人生を交錯させるという企みは見事に成就し、読んだ人すべての心を震わせることは間違いありません。樺太アイヌ、日露戦争、ロシア革命・・・・・・・とキーワードを並べるだけでもこの物語の広さが伝わるかと思いますが、この作品で描かれるのは 「歴史」 である以上に、歴史のなかで生きていた個人の 「想い」 です。今まで出会ったことのない感情、見たことのない光景に胸が熱くなる読書体験をお約束します。(文藝春秋/担当編集者より)
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川越 宗一
1978年大阪府生まれ。京都府在住。
龍谷大学文学部史学科中退。
作品 2018年、「天地に燦たり」 で第25回松本清張賞を受賞。
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