『ちょっと今から仕事やめてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2015年2月25日初版

これ言ってもいいのかしら? ・・・・・・・、まぁ、タイトルと文庫の表紙見れば大概の人は内容自体は予想できると思うので、良しとしましょう。

主人公の青山隆と彼の友人・ヤマモトは喫茶店にいます。隆がヤマモトに 「ちょっとここで待ってて欲しいんだよ」 と言うと、「べつに、いいけど? どうしたん?」 と聞くヤマモト。隆は 「いや、たいしたことじゃないんだけどさ・・・・・」 と言って立ち上がります。

そして笑顔で、はっきりとこう言ったのでした。

ちょっと今から仕事やめてくるわ

230ページ余りある小説の、ちょうど200ページあたりのシーンです。ここまでが、素晴らしく良い。泣くかな、泣くかなと思いながら、一気に読みました。結局泣かずにすんだのですが、泣いたと同じくらいに清々しい気持ちになりました。

「たまにはこんな本を読んで、心の洗濯をする必要があるよなあ・・・・・・」 と思わせてくれる、そんな小説を久しぶりに読んだ気がします。

ラストの35ページほどは、意見が分かれるかも知れません。仕事を辞めると宣言した隆はすぐさま会社へ出向き、部長を含む同僚社員に対して思いのたけをぶつけます。会社のやり方に疑問を呈し、不法労働を煽る体質を批判し、怒鳴るだけの部長を非難します。

「どうせお前みたいな奴はなあ、一生負け犬で終わるんだよ! 」と部長が言えば、「俺の人生を、お前が語るんじゃねーよ! 」と返し、部長はそれで幸せか、みんなは今幸せですか、と訊ねます。成績ばかりを競って、誰も信用できずに、ギスギス働いて満足ですかと語りかけます。

ここが気持ちよくて、スカッとする人。対して、

おいおい隆、それはちょっと言い過ぎよ。言いたい気持ちは百わかるけど、あまり熱くなると相手も引くよ。そこはクールに、言葉を選んで控え目に、ピンポイントでぐさっと刺さるセリフを吐いて潔く部屋を出て行こうや、と思う人。も、いるんじゃないのかしら?

ま、なにせ若者ですから、そんなこと言っても仕方ないのかも知れないですが。

月曜日の朝は、死にたくなる。
火曜日の朝は、何も考えたくない。
水曜日の朝は、一番しんどい。
木曜日の朝は、少し楽になる。
金曜日の朝は、少し嬉しい。
土曜日の朝は、一番幸せ。
日曜日の朝は、少し幸せ。でも、明日を思うと一転、憂鬱。以下、ループ

これは、隆が作った 「一週間の歌」 です。彼は、目指す一流企業への就職が叶わず、やっと内定がもらえた中堅の印刷関係の企業で働くサラリーマンです。やる気はあるのですが、実績が伴わずに鬱々とした日々を送っています。その結果生まれたのが、この歌です。

そんな彼の前に現れるのが、小学校時代の同級生・ヤマモトです。このヤマモトとの出会いが、隆を大きく変えることになります。

ヤマモトは、実にいい奴です。この小説を読んで感動するということは、ヤマモトを好きになるということです。隆には悪いのですが、ヤマモトは隆よりもずっとずっと人を観る目を持っています。そして、隆よりももっともっと深い哀しみを抱えています。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆北川 恵海
大阪府吹田市生まれ。
第21回電撃文庫小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を本作で受賞しテビューする。

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『幸福な遊戯』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『幸福な遊戯』角田 光代 角川文庫 2019年6月20日14版 ハルオと立人と私。

記事を読む

『連鎖』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『連鎖』黒川 博行 中央公論新社 2022年11月25日初版発行 経営に行き詰った

記事を読む

『迅雷』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『迅雷』黒川 博行 双葉社 1995年5月25日第一刷 「極道は身代金とるには最高の獲物やで」

記事を読む

『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷 冬はどこまでも白い雪が降り積もり、

記事を読む

『東京放浪』(小野寺史宜)_書評という名の読書感想文

『東京放浪』小野寺 史宜 ポプラ文庫 2016年8月5日第一刷 「一週間限定」 の "放浪の旅"

記事を読む

『戸村飯店 青春100連発』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『戸村飯店 青春100連発』瀬尾 まいこ 文春文庫 2012年1月10日第一刷 大阪の超庶民的

記事を読む

『ビニール傘』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『ビニール傘』岸 政彦 新潮社 2017年1月30日発行 共鳴する街の声 - 。絶望と向き合い、そ

記事を読む

『続・ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『続・ヒーローズ(株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2017年4月25日初版 『 ヒ

記事を読む

『隣はシリアルキラー』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『隣はシリアルキラー』中山 七里 集英社文庫 2023年4月25日第1刷 「ぎりっ

記事を読む

『キッドナップ・ツアー』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『キッドナップ・ツアー』角田 光代 新潮文庫 2003年7月1日発行 五年生の夏休みの第一日目、私

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係 SIT 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係 SIT 』誉田 哲也 中公文庫 202

『血腐れ』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『血腐れ』矢樹 純 新潮文庫 2024年11月1日 発行 戦慄

『チェレンコフの眠り』(一條次郎)_書評という名の読書感想文

『チェレンコフの眠り』一條 次郎 新潮文庫 2024年11月1日 発

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ハング 〈ジウ〉サーガ5 』誉田 哲也 中公文庫 2024年10月

『Phantom/ファントム』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文 

『Phantom/ファントム』羽田 圭介 文春文庫 2024年9月1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑