『電球交換士の憂鬱』(吉田篤弘)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『電球交換士の憂鬱』(吉田篤弘), 作家別(や行), 吉田篤弘, 書評(た行)

『電球交換士の憂鬱』吉田 篤弘 徳間文庫 2018年8月15日初刷

十文字扉、職業 「電球交換士」。節電が叫ばれLEDライトへの交換が進む昨今、仕事は多くない。それでも古き良きものにこだわる人の求めに応じ電球を交換して生計を立てていた。人々の未来を明るく灯すはずなのに・・・・・・・行く先々で巻き込まれる厄介ごとの数々。自分そっくりの男が巷で電球を交換してる? 最近俺を尾行してる黒い影はなんだ? 謎と愉快が絶妙にブレンドされた魅惑の連作集! (徳間文庫)

道に詳しいのに、自分の行き先がわからないもの、なあんだ? 」 いきなりマチルダが、謎謎を仕掛けてきた。それに対し、おれはロクに考えもせず「さあね」 と応じる。

「なによ、十文字。ちょっとは考えてくれたっていいじゃない」
「いや、考えてるけど」
「嘘。アンタって、ホントに口から出まかせばっかりなんだから」 とマチルダは憤慨し、 「そうそう」 と春ちゃんは、何だか見わけがつかない透明な酒を手にしてニヤついた。

「十文字さんの話って面白いけど、どこまでホントなんだか、わかんない」 と言う春ちゃんに対し、「あのさ」 とおれは反論をする。

「そんなにホントのことが知りたいわけ? おれの経験からするとね」
ホントのことなんて、ロクなもんじゃないと思うけど」
「だからって、嘘つくことはないでしょ」 「嘘なんかついてないよ。ただね - 」 と、そこへママが話に割り込んできた。

ホントのことなんて、誰にもわからない」 「この商売をつづけていたら、そんなこと、いちいち気にしていられないの」 と言う。

- さて、冒頭にあるこれら一連の話に、何かしら人生に役立つ “教訓” めいた意味があるのか? ないのか? ・・・・・・・ あるような、ないような。それは誰にもわかりません。

それを言うなら、そもそも十文字は何が為に電球を交換しているのか? 自分のことを 「電球交換士」 などと名乗っているのか?

確かに言えるのは、十文字には自分の仕事に対する、揺るぎない “信念” があります。それはひとえに彼が扱う 「電球」 にあり、十文字扉は、彼のみが扱うオリジナルな電球を使用しています。そしてそれを 〈十文字ランプ〉 と呼んでいます。〈十文字ランプ〉 には、決して人に明かせない、ある “秘密” があります。

“秘密” が、もしも永遠に “秘密” であり続けたとしたら -、 “永遠” であることに疑いの余地がなかったとしたら -、おそらくは、十文字の “憂鬱” もまたなかったのかも知れません。

彼は、ある事情がもとで、自分が 「不死身(かもしれない)」 と思っています。

ドクター・ヤブからそう言われ、それで十文字は 「不死身(かもしれない)」 男になります。思うに、不死身とはいかばかりか孤独なもので、十文字が誰よりも長生きし、もしも不死身であるのを証明したとしても、その時、今いる 「わたしたち」 はもうこの世の中には存在しません。誰にもそうとは思われず、彼は 「不死身」 であり続けなければなりません。

十文字は、なるほど、そのとおりだと思います。

それは重々承知していた。おれはもうとっくに一人きりなのだ。生きのこるというのはそういうことで、不死身であるというのは、この世のあらゆる弔いを見届けることを意味する。
たった一人でだ。(P19)

彼が抱える孤独と憂鬱は、この先どこへ向かうのでしょう。日々忙しく電球の交換に励む十文字だったのですが、徐々に注文が減り、そのうち、〈十文字ランプ〉 が粗悪になっていることに気付きます。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆吉田 篤弘
1962年東京都生まれ。執筆のかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を続けている。

作品 「百鼠」「フィンガーボールの話のつづき」「空ばかり見ていた」「78ナナハチ」「それからはスープのことばかり考えて暮らした」「つむじ風食堂の夜」他多数

関連記事

『ベッドタイムアイズ』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『ベッドタイムアイズ』山田 詠美 河出書房新社 1985年11月25日初版 2 sweet

記事を読む

『太陽の坐る場所』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『太陽の坐る場所』辻村 深月 文春文庫 2011年6月10日第一刷 高校卒業から十年。元同級生

記事を読む

『第8監房/Cell 8』(柴田 錬三郎/日下三蔵編)_書評という名の読書感想文

『第8監房/Cell 8』柴田 錬三郎/日下三蔵編 ちくま文庫 2022年1月10日第1刷

記事を読む

『ダンデライオン』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『ダンデライオン』中田 永一 小学館 2018年10月30日初版 「くちびるに歌を」 以来7年ぶり

記事を読む

『トワイライトシャッフル』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『トワイライトシャッフル』乙川 優三郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 房総半島の海辺にある小さ

記事を読む

『ファーストクラッシュ』(山田詠美)_ 私を見て。誰より “私を” 見てほしい。

『ファーストクラッシュ』山田 詠美 文藝春秋 2019年10月30日第1刷 初恋、

記事を読む

『買い物とわたし/お伊勢丹より愛をこめて』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『買い物とわたし/お伊勢丹より愛をこめて』山内 マリコ 文春文庫 2016年3月10日第一刷

記事を読む

『樽とタタン』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『樽とタタン』中島 京子 新潮文庫 2020年9月1日発行 今から三十年以上前、小

記事を読む

『田村はまだか』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『田村はまだか』朝倉 かすみ 光文社 2008年2月25日第一刷 田村は、私の妻の旧姓です。そん

記事を読む

『月の砂漠をさばさばと』(北村薫)_書評という名の読書感想文

『月の砂漠をさばさばと』北村 薫 新潮文庫 2002年7月1日発行 9歳のさきちゃんと作家のお

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『今日のハチミツ、あしたの私』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『今日のハチミツ、あしたの私』寺地 はるな ハルキ文庫 2024年7

『アイドルだった君へ』(小林早代子)_書評という名の読書感想文

『アイドルだった君へ』小林 早代子 新潮文庫 2025年3月1日 発

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑