『追憶の夜想曲(ノクターン)』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『追憶の夜想曲(ノクターン)』中山 七里 講談社文庫 2016年3月15日第一刷

少年時代に凶悪事件を犯し、弁護は素性の悪い金持ち専門、懲戒請求が後を絶たない不良弁護士・御子柴。彼は誰も見向きもしない、身勝手な主婦の夫殺し控訴審の弁護を奪い取る。御子柴が金目のない事件に関わる目的とは? 因縁の検事・岬恭平との対決は逆転に次ぐ逆転。法廷ミステリーの最先端を行く衝撃作。(講談社文庫解説より)

御子柴礼司が(半ば無理矢理のようにして)控訴審の弁護を引き受けたのは「津田伸吾殺害事件」- 被告人の津田亜希子は平凡なただの主婦で、夫の伸吾を殺害したことを認めている上に東京地裁で行われた裁判員裁判では懲役16年の判決が下されています。

亜希子が言う動機とは「他の男性と一緒になりたかったから」という極めて身勝手なもの。同情の余地はなく、たとえ僅かな減刑を勝ち取ったとしても御子柴にとっては名を挙げられるわけでもなく、高額な報酬が約束されているわけでもありません。

なら、御子柴はどんな思惑をもって「津田伸吾殺害事件」を担当しようと思い立ったのか。高額な報酬を請求できる相手の弁護しかしないことで有名な御子柴が、一文の得にもならない亜希子の弁護を買って出た本当の理由が分かりません。

しかも、御子柴がしようとしているのは単に亜希子の刑のいくばくかを軽減するなどといった生温いことではありません。彼がやろうとするのは第一審の判決をことごとくひっくり返して無罪を勝ち取ること、亜希子の犯意を根底から覆そうという離れ業です。

人ひとりを殺しておいて罪には問われない - およそ不可能としか思えない弁護を引き受けたのが御子柴なら、それを迎え撃つのがかねてより因縁のある検察官・岬恭平。岬もまた名うての検事で、法廷での2人の鬼気迫る闘いこそがこの物語最大の山場です。

文庫の帯通りに言うと - 逆転裁判、驚愕の動機、どんでん返し。ミステリーのすべてがここにある - ということになります。けだしその通りで、王道中の王道、まことにミステリーらしいミステリーを読んだという気持ちになります。
・・・・・・・・・・
実は私は何も知らなかったのですが、この『追憶の夜想曲(ノクターン)』には、ここに至る前作があります。「孤高の悪辣弁護士・御子柴礼司」を世に知らしめた最初の作品は『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』という本らしい。

中山七里に詳しい読者が言うには、『追憶の夜想曲(ノクターン)』を読むなら、まず『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』を読みなさいと。さすれば最大限にこの『追憶の夜想曲(ノクターン)』を楽しめますよと。

つまりは「御子柴礼司もの」はシリーズ化されており、第一作の『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』には御子柴の出目や、「悪辣弁護士」と呼ばれるに至った彼の普通ならざる過去のあれやこれやが詳しく書いてあるといいます。

そんなことは露ほども知らず、私は(第一作を読まずして)いきなり二作目を読んだことになります。さらにこの二作目の文庫化と同時に、第三作『恩讐の鎮魂曲(レクイエム)』の単行本が発売なったというではないですか・・・・

-(ここからは私のグチです)
そうならそうと、なんで言ってくれないの!? 告知のひとつも作って貼り出してくれてさえいれば・・・・、ならきっと2冊まとめて買いましたよ。(ちょっとは間を置くでしょうが)いずれ新刊も必ず買って読みますわ、・・私なら。

何で並べておいてくれないの? 『追憶の夜想曲(ノクターン)』だけでも十分面白いからまだ許せるけれど、本好きならこういう場合絶対最初のやつが読みたくなるんですよ。

みんなが知るところの御子柴礼司を私だけが知らずに、途中から仲間入りしたようで何とも落ち着きません。前作が気になって気になって、それだけで読んだ興奮が台無しになりそうで、悔しくて残念でなりません。

行った本屋が悪かった。というか、商売っ気がないのが悲し過ぎます。本屋さんなら、せめてもそれくらいはわかっていてほしい。(ネットで注文すればいいところを)足繁く本屋へ通う人の気持ちを察した上で並べておいてほしいものです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「贖罪の奏鳴曲」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「おやすみラフマニノフ」「いつまでもショパン」「連続殺人鬼カエル男」他多数

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