『去年の冬、きみと別れ』(中村文則)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2017/08/02
『去年の冬、きみと別れ』(中村文則), 中村文則, 作家別(な行), 書評(か行)
『去年の冬、きみと別れ』中村 文則 幻冬舎文庫 2016年4月25日初版
ライターの「僕」は、ある猟奇殺人事件の被告に面会に行く。彼は二人の女性を殺した罪で死刑判決を受けていた。だが、動機は不可解。事件の関係者も全員どこか歪んでいる。この異様さは何なのか? それは本当に殺人だったのか? 「僕」が真相に辿り着けないのは必然だった。なぜなら、この事件は実は - 。話題騒然のベストセラー、遂に文庫化! (幻冬舎文庫)
相変わらずこの人の書く小説はややこしい。(もう慣れてしまった私などはいいにしても)初めて読んだ人の中には、いったい今誰が誰のことを語っているのかまるでわからないような事態になります。
伏線があり、きちんと回収されもするのですが、それで全部が腑に落ちるかというとそんなことでもなく、何かしらもやもやしたものがあとに残って気分がよろしくない。
但し、だからといって読まないでおくかというとそうではなくて、そここそが中村文則の書く小説の最大の魅力であり、性懲りもなくまた読んでみようと思うそもそもの動機なわけです。
彼の書く小説は、単に(ここは敢えて“単に”と言わせてもらいます)ミステリーの領域にとどまらず、他に書こうとするものが確かにあるのがわかります。それが如何にも難解で、読み手を試すようなところがあります。
その上、決まったように話の構図が複雑で、何気に読んでいると、いつの間にかある人物と別の人物とがすり替わっていたりします。正しく読もうとすると、少しばかり注意が必要です。
僕はきみから別れを告げられても、まだきみと別れた気がしなかった。きみが死んだ時も、奇妙に聞こえるかもしれないけれど、きみと別れてはいなかった。きみの人形と暮らそうとしていたくらいだから・・・・。
僕が本当にきみと別れてしまったのは、去年の冬だ。木原坂朱里を初めて抱いたあの夜。人間をやめ、化物になろうと決意した夜。・・・・きみの彼氏が、化物であってはならない。そうだろう? 去年の冬、きみと別れ、僕は化物になることに決めた。
僕は僕であることをやめてしまった。彼らに復讐するために、僕はそこで、壊れてしまったんだよ。
木原坂雄大。35歳。職業は、カメラマン。彼は二人の女性を殺害した罪で起訴され、一審で死刑判決。現在は高等裁判所への控訴前の被告という状態にあります。ライターである「僕」は、編集者の依頼をもとに彼についての本を書こうとしています。
被害者である二人の女性はまだ若く、一人は吉本亜希子、一人は小林百合子といいます。吉本亜希子は目が見えず、小林百合子の旧姓は栗原百合子といいます。二人は共に木原坂の写真のモデルだったのですが、彼の狂気の果てに焼き殺されてしまうことになります。
木原坂には、朱里という名の姉がいます。この、姉の朱里というのが何やら怪しい - と書くと、他に出てくるすべての人物がどこか歪んで見え、世を儚んでいるように感じられます。
勘違いされるといけないので、少し(否、結構ここがポイントなのですが)ヒントを書いておきます。この小説の主役は木原坂雄大ではありません。ライターの「僕」でもなく、まして木原坂の姉・朱里でもありません。他に隠れた人物がいるのに気付くと、尚一層興味深く読むことができます。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆中村 文則
1977年愛知県東海市生まれ。
福島大学行政社会学部応用社会学科卒業。
作品 「銃」「遮光」「悪意の手記」「迷宮」「土の中の子供」「王国」「掏摸〈スリ〉」「何もかも憂鬱な夜に」「最後の命」「悪と仮面のルール」他多数
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