『ドクター・デスの遺産』(中山七里)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2023/09/11 『ドクター・デスの遺産』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(た行)

『ドクター・デスの遺産』中山 七里 角川文庫 2020年5月15日4版発行

警視庁に入った1人の少年からの通報。突然自宅にやって来た見知らぬ医師に父親が注射を打たれ、直後に息を引き取ったという。捜査一課の犬養刑事は少年の母親が 「ドクター・デス」 を名乗る人物が開設するサイトにアクセスしていたことを突き止める。安らかで苦痛のない死を20万円で提供するという医師は、一体何者なのか。難航する捜査を嘲笑うかのように、日本各地で類似の事件が次々と発生する・・・・・・・。人気シリーズ第4弾! (角川文庫)

ドクター・デスの遺産は、難病を抱える娘を持つ捜査一課・犬養隼人刑事が、部下の高千穂明日香とともに、末期患者らの安楽死を二十万円で請け負うドクター・デスの逮捕劇を描いた中山七里氏の 刑事犬養隼人 シリーズ第四弾だ。その闇の人物とは誰なのか。悪魔、それとも聖人か。

犬養は、一人の刑事、そして一人の父親として、死を間近に控える患者の尊厳に立ちはだかり、葛藤する。それと同時に読者も、これまでとは異なる視点で安楽死を見つめ直すに違いない。
中山氏は、警察と安楽死依頼者たちの倫理的ギャップを緻密に映し出し、スリリングな見せ場とともに法を超えた人間の尊厳について、問題提起しているように見える。つまり、「生きる権利だけに目を向けがちな現代社会で、個人が望む死ぬ権利を法が支配できるのか、という問いかけのようでもある。(解説より/宮下洋一・ジャーナリスト)

「死ぬ権利」 という言葉で、父を思い出しました。父が亡くなったのは、長患いの末のことでした。

食事は流動食で鼻からになり、口もきけなくなっていました。一切の反応がなく、ただ眠っている (ように見える) だけの毎日でした。緊急入院して、二年四ヵ月になろうとしていました。それが私の父の最期の日々でした。

「鼻からの食事は痰が詰まりやすいので、そろそろ胃瘻に切り替えましょう」 と先生から言われました。「そんなんだ」 と思い、「はい」 と答えました。治る見込みはないにせよ、治療の順番からいうとそういうことなんだろうと自分を納得させました。

しかし、「親父は、本当はもう死にたいんだろうな」 心の中でそう呟いたのは、病室から先生が出て行ったあとのことです。

正体不明の犯人が特定されてからのクライマックスは、凄まじい。なぜ、その闇の人物が安楽死を繰り返すのか。その背景には、戦地で悶絶する重傷者たちの生死をコントロールしてきた過去に由来した。

国や状況によっては、安楽死を正義と見なしたり、殺人と見なしたりする。戦争という舞台を織り交ぜることで、日本における 「死ねない患者」 たちこそが、尊厳のない戦傷者たちに等しいことを、著者は揶揄しているのかもしれない。(解説の続き)

その頃、(私も妻も不勉強で) 延命治療について、どこまでが “普通” の範囲で、どこからが “延命” のための治療なのかが、よくは理解できていませんでした。病院の先生の言いなりに、とりあえずはそうするしかないと思っていました。

ただ呼吸をしているだけの父でしたが、先生に対し、「もう何もしなくていいです」 とはどうしても言えませんでした。父が亡くなったのは、発病してから四年三ヶ月後のことです。満76歳でした。

※この作品は、極上のエンターテインメントでありながら、その枠組みを凌駕して、我々読者に対し、生々しい、それ故易々とは答えの出ない究極の質問を投げかけています。

死ぬか、生きるか。それは誰が決めるのでしょう? 死にたいと思い、なお死に切れない場合、他人の手を借りて死のうとするのを、あなたは責めることができますか? それとも、見て見ぬふりをするのでしょうか・・・・・・・

この本を読んでみてください係数 85/100

◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。

作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「悪徳の輪舞曲(ロンド)」「連続殺人鬼カエル男」他多数

関連記事

『くもをさがす』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『くもをさがす』西 加奈子 河出書房新社 2023年4月30日初版発行 これはたっ

記事を読む

『岬』(中上健次)_書評という名の読書感想文

『岬』中上 健次 文春文庫 1978年12月25日第一刷 昭和21年(1946年)8月2日、

記事を読む

『八月六日上々天氣』(長野まゆみ)_書評という名の読書感想文

『八月六日上々天氣』長野 まゆみ 河出文庫 2011年7月10日初版 昭和20年8月6日、広島は雲

記事を読む

『天国はまだ遠く』(瀬尾まいこ)_書評という名の読書感想文

『天国はまだ遠く』瀬尾 まいこ 新潮文庫 2022年5月25日 29刷 著者史上

記事を読む

『大地のゲーム』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『大地のゲーム』綿矢 りさ 新潮文庫 2016年1月1日発行 21世紀終盤。かの震災の影響で原

記事を読む

『罪の声』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『罪の声』塩田 武士 講談社 2016年8月1日第一刷 多くの謎を残したまま未解決となった「グリコ

記事を読む

『ゆれる』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『ゆれる』西川 美和 文春文庫 2012年8月10日第一刷 故郷の田舎町を嫌い都会へと飛び出し

記事を読む

『たまさか人形堂ものがたり』(津原泰水)_書評という名の読書感想文

『たまさか人形堂ものがたり』津原 泰水 創元推理文庫 2022年4月28日初版 人

記事を読む

『夏の終わりの時間割』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『夏の終わりの時間割』長岡 弘樹 講談社文庫 2021年7月15日第1刷 小学六年

記事を読む

『ぼくは落ち着きがない』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

『ぼくは落ち着きがない』長嶋 有 光文社文庫 2011年5月20日初版 両開きのドアを押して入

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『朱色の化身』(塩田武士)_書評という名の読書感想文

『朱色の化身』塩田 武士 講談社文庫 2024年2月15日第1刷発行

『あなたが殺したのは誰』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『あなたが殺したのは誰』まさき としか 小学館文庫 2024年2月1

『ある行旅死亡人の物語』(共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣)_書評という名の読書感想文

『ある行旅死亡人の物語』共同通信大阪社会部 武田惇志 伊藤亜衣 毎日

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2

『十七八より』(乗代雄介)_書評という名の読書感想文

『十七八より』乗代 雄介 講談社文庫 2022年1月14日 第1刷発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑