『教場』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2019/06/22
『教場』(長岡弘樹), 作家別(な行), 書評(か行), 長岡弘樹
『教場』長岡 弘樹 小学館 2013年6月24日初版
この人の名前が広く知られるようになったのは、日本推理作家協会賞短編賞受賞作『傍聞き』(かたえぎき)の文庫化がきっかけでした。
単行本が出てから4年後のことですが、本の雑誌社が企画した「おすすめ文庫王国」の国内ミステリー部門で第1位に選ばれ、その後40万部に迫るセールスを記録しています。
私は単行本を出版当初に購入しており、確かに面白く読んだ記憶がありましたが、まさかそこまでの評判になっているとは知らずにいました。
少し時間が空きますが、書店の新刊コーナーで久しぶりに長岡弘樹の名前を見つけて買ったのがこの『教場』です。
『傍聞き』に続きこの作品も多くの読者から支持を集め、人気ランキングでは上位を占め、本屋大賞や本格ミステリー大賞の候補作にもなっています。
この小説は、警察学校を舞台にした6話からなる連作短編集です。
一人前の警察官を目指す若者たちにこの学校の教官は一切の妥協を許しません。教室ならぬ「教場」での授業や教練は、まさしく軍隊並みの厳しさです。
警察学校の目的は生徒を全員無事卒業させることではなく、警察官に不向きな人間を速やかに見つけて排除することにありました。生徒は日々篩にかけられるのです。
教官の言うことは絶対で、無様な回答や反抗的な態度には連帯責任での刑罰が待っていますし、居眠りなどは見つかった時点で即座に辞職勧告です。
それぞれ違った動機や事情を抱えて警察学校に学ぶ若者と病気療養の担当教官に代わって登場する年輩の教官・風間との間で話は展開していきます。
第一話 「職質」 宮坂にとって平田の父親は命の恩人でした。叱責を受ける平田を宮坂はさり気なく庇うのですが、平田はそのことに我慢がならなかったのです。
第二話 「牢問」 楠本しのぶが警察官になろうと考えた理由は、婚約相手を轢き逃げした犯人を捜し出すことでした。
第三話 「蟻穴」 水難訓練で稲辺の窮地を救った鳥羽でしたが、今度は嘘の証言で稲辺を裏切ります。稲辺に謝罪しようとする鳥羽ですが、稲辺は逆に復讐の機会を窺っていました。
第四話 「調達」 樫村巧実は学内に持込めない禁制品の取次をする「調達屋」でした。事実を突きとめた日下部准は密告しようとしますが、逆に樫村の甘い誘惑に屈してしまいます。
第五話 「異物」 由良求久はパトカーの運転技術講習会で、安岡学を庇った風間教官に大怪我を負わせてしまいます。原因は、車内にいたスズメバチでした。
第六話 「背水」 都築耀太は卒業を目前にして体調を崩していました。残る拳銃検定と職務質問コンテストさえ上手く乗り切れば、都築は念願の「総代」になれるのです。
話が核心に近づくと、そこには必ず風間がいます。風間は手を尽くし、自分が担当する生徒の動向をすべて掌握していたのでした。
やや鮮やかすぎるきらいも感じますが、それぞれの当事者の心情を正確に分析して、教官として偏見のない態度を貫く風間の姿勢を素直に称賛したいと思います。
今まで取り上げられなかった新鮮な題材と、十分な取材に支えられたリアリティで読ませる一冊です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆長岡 弘樹
1969年山形県山形市生まれ。
筑波大学第一学群社会学類卒業。
作品 「陽だまりの偽り」「傍聞き」「線の波紋」「波形の声」「群青のタンデム」など
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