『黒冷水』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『黒冷水』羽田 圭介 河出文庫 2005年11月20日初版


黒冷水 (河出文庫)

 

兄の部屋を偏執的にアサる弟と、罠(トラップ)を仕掛けて執拗に報復する兄。兄弟の果てしない憎しみは、どこから生まれ、どこまでエスカレートしていくのか? 出口を失い暴走する憎悪の「黒冷水」を、スピード感溢れる文体で描ききり、選考委員を驚愕させた、恐るべき17歳による第40回文藝賞受賞作! (河出文庫解説より)

初めてテレビのバラエティー番組に出演している姿を見たときは、「まあまあこんなのもアリだわな・・・」くらいに思っていました。それが近頃ではどうでしょう。もはや〈並みの芸能人〉をはるかに凌いで、あらゆる番組に「出まくって」います。

チャンネルを変える度に現れる彼の顔を見るにつけ、画面に向かって思わず「おいおい嘘だろ? 」などと叫んでしまったのは、おそらく私だけではなかったはずです。誰もがきっとこう思ったのではないでしょうか -

なんて節操のない - 、みっともないったらありゃしない・・・、などと。

恥ずかし気もなく次から次へと似たような番組に登場しては、さして喋るわけでもなく、みんなが笑えば、歩調を合わせたように少し笑います。求めに応じてコメントするにはするのですが、それがどうにもその場の空気と合わずに、一瞬、立ち竦んだようになります。

しかし、制作者側にすればまさにその瞬間こそが狙い目で、それが為のオファーなのです。シラケてしまう寸前に手慣れたMCからの絶妙なツッコミが入り、それが素人っぽさを一層際立たせては見ている者の笑いを誘います。もう、これの繰り返し -

ジャケットの下のTシャツの胸には、『スクラップ・アンド・ビルド』の本の表紙がプリントされてあります。ついでに言うと、絵とは別に臍の辺りに、わざわざ「芥川賞受賞作」という言葉を添えた本のタイトル名までが入っています。
・・・・・・・・・・
当初は又吉直樹に隠れてまるで存在感のなかった彼ですが、あっという間に「有名人」になりました。まるで「ピエロ」のような役割を「甘んじて」演じているふうな姿を見るにつけ、彼がそうまでしてテレビに出続ける理由が知りたいと思うようになりました。

(いっときのことではあるのでしょうが)メディアが羽田圭介という人物に「作家らしからぬ天性」を見出したのもそうなら、彼もわかった上でそれに乗っかっています。

そのことがよくわかったのは「情熱大陸」を観たからです。断っておきますが、羽田圭介が好きになったということではありません。どこかいけ好かない感は拭えないのですが、少なくとも彼が何より優先して「良い小説」を書こうとしているのがわかります。

彼は、(今後の人生において)自分の書きたいものを好きなだけ書くために、食わんが為の駄作を書かずに済むように、今ある手段で稼げるだけ稼いでおこうというのです。芥川賞作家になったせっかくの機会だからと、一冊でも本を売ろうとしています。

彼の暮らしぶりは、存外質素です。というか、どこかストイックにさえ思えます。三度三度の食事(基本は自炊)のために安い食材を調達し、細かく切り分けては丁寧に保存しています。それらを使って作る食事は慎ましく、贅沢のかけらもありません。

身体を鍛える(ダンベルなどの)道具以外、部屋にはこれといった物がありません。あればつい読んでしまうからという理由で、余分な本はすべて実家に置いてあると言います。

例えば書きあぐねてどうにもならないとき、手元に本があれば(もとより本を読むのが好きな訳ですから)ついつい読んでしまう。読むと、実はまるでそうではないのだけれど、仕事をしたような気になる - だから、ここには不要な本を持ち込まないと言うのです。
・・・・・・・・・・
以上が30歳になった、現在の羽田圭介です。ちなみに彼は独身で、仕事部屋にしているマンションで一人暮らしをしています。最近は若い女性のファンも増えたらしく、テレビの収録終わりに待ち伏せされたりもします。

彼の書いた本を差し出されては、サインをせがまれることがあります。なにげに彼は、「読んでどうでした? 」と話しかけます。すると女性はやや恥じらいながら -「まだ読んでないんですぅ・・・」などと応えています。

※ 『黒冷水』のことを何も書かなくて申し訳ありません。こんな「奴」が、17歳の高校生だったときにこんなのを書いたんですよということが言いたかったのですが、余計なことばかり書いてしまいました。

内容は至極明快で、究極の「兄弟ゲンカ」の話。「ケンカ」と言うと子供っぽいので「バトル」と言い換えた方がいいかも知れません。誰しも経験することではありますが、この小説で語られる2人の兄弟、正気(まさき)と修作のそれは止まるところを知りません。

まるで憎み合った敵同士のような2人が、同じ屋根の下で家族とともに暮らしています。しかも一つの部屋で寝起きしているとなれば、事は陰湿にならざるを得ません。互いに相手の裏をかこうと画策するのですが、相手は相手で、またその裏をかこうとします。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


黒冷水 (河出文庫)

◆羽田 圭介
1985年東京都生まれ。
明治大学商学部卒業。

作品 「盗まれた顔」「ミート・ザ・ビート」「不思議の国の男子」「走ル」「スクラップ・アンド・ビルド」「メタモルフォシス」他

関連記事

『このあたりの人たち』(川上弘美)_〈このあたり〉 へようこそ。

『このあたりの人たち』川上 弘美 文春文庫 2019年11月10日第1刷 このあたりの人たち

記事を読む

『神様の裏の顔』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『神様の裏の顔』藤崎 翔 角川文庫 2016年8月25日初版 神様の裏の顔 (角川文庫) 神

記事を読む

『熊金家のひとり娘』(まさきとしか)_生きるか死ぬか。嫌な男に抱かれるか。

『熊金家のひとり娘』まさき としか 幻冬舎文庫 2019年4月10日初版 熊金家のひとり娘

記事を読む

『硝子の葦』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『硝子の葦』桜木 紫乃 新潮文庫 2014年6月1日発行 硝子の葦 (新潮文庫) &nb

記事を読む

『回転木馬のデッド・ヒート』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『回転木馬のデッド・ヒート』村上 春樹 講談社 1985年10月15日第一刷 回転木馬のデッド

記事を読む

『婚礼、葬礼、その他』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『婚礼、葬礼、その他』津村 記久子 文春文庫 2013年2月10日第一刷 婚礼、葬礼、その他

記事を読む

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 暗いところで待ち合わせ

記事を読む

『ここは、おしまいの地』(こだま)_書評という名の読書感想文

『ここは、おしまいの地』こだま 講談社文庫 2020年6月11日第1刷 ここは、おしまいの地

記事を読む

『劇団42歳♂』(田中兆子)_書評という名の読書感想文

『劇団42歳♂』田中 兆子 双葉社 2017年7月23日第一刷 劇団42歳&#x

記事を読む

『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷 かなたの子 (文春文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『新装版 人殺し』(明野照葉)_書評という名の読書感想文

『新装版 人殺し』明野 照葉 ハルキ文庫 2021年8月18日新装版

『三千円の使いかた』(原田ひ香)_書評という名の読書感想文

『三千円の使いかた』原田 ひ香 中公文庫 2021年8月25日初版

『トリニティ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『トリニティ』窪 美澄 新潮文庫 2021年9月1日発行 トリ

『エリザベスの友達』(村田喜代子)_書評という名の読書感想文

『エリザベスの友達』村田 喜代子 新潮文庫 2021年9月1日発行

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』大石 圭 光文社文庫 2021年

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑