『迅雷』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『迅雷』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(さ行), 黒川博行

『迅雷』黒川 博行 双葉社 1995年5月25日第一刷

「極道は身代金とるには最高の獲物やで」。大胆不敵な発想でヤクザの幹部を誘拐した三人組。彼らと、面子をかけて人質を取り返そうとするヤクザたちの駆け引きが始まった。警察署の前での人質交換、地下駐車場でのカーチェイス、組事務所への奇襲攻撃・・・。大阪を舞台に追いつ追われつが展開する痛快小説。(「BOOK」データベースより)

言い出した方がそうなら、そんな話に乗る方もどうかしています。極道を脅して金を盗るなどという無謀に過ぎる「儲け話」を真に受けて、実際に事に及んだ「阿呆」がいます。彼らはもとより世間の「外れ者」、端から普通の暮らしが性に合いません。

首謀者の稲垣は、「当たり屋」が生業の30男。はじめたのは3年前。それまではバーテンをやったりノミ屋をしたり、夜店のヨーヨー売りや車の代行運転、産廃の処分場で働いていたことがあるのですが、どれも長くは続かない、辛抱のない半端者です。

その稲垣が仕事でへまをして、挙句に膝関節をつぶして入院しているのが西成区玉出にある友生会西成病院。事故を起こしたのは4ヶ月前。毎日リハビリをしているのですが、しょっちゅう外に出てはパチンコ店に通っています。

このとき稲垣と同じ部屋に入院していたのが友永彰一で、ある日、友永は稲垣に誘われてパチンコに出かけます。これが後々の騒動のそもそものきっかけになります。友永は正真正銘「交通事故」の被害者で、このときまでは曲がりなりにもまともな商売人です。

友永の仕事は金属屑の回収業、俗に言う「ダライコ屋」です。ダライコとはネジの切り屑のこと、切り粉とも呼びます。友永がダライコ屋をしているのは大阪の西区九条、1キロ四方に千軒近い金属関係の町工場が集まっている地域です。

うち友永の得意先は70軒。仕事は朝8時から夕方の5時まで、ネジ屋と問屋を往復するだけで、思えば単調な毎日です。わずらわしい人間関係がないのが唯一の取り柄ですが、将来的な展望は何一つありません。

「そろそろ、やめどきかもしれんな」- そんなことを思っていた矢先に、友永は交通事故に遭ってしまいます。脛が膝下10センチのところで骨折し、全治1ヶ月の重傷です。仕事用のトラックは、シャシーが歪んで使いものになりません。

友永は、現在32歳。彼のこれまでの履歴を紹介しておきますと - 愛媛県今治市の沖、越智郡大島で生まれた友永には姉が一人と母親がいるのですが、父親の葬式以来一度も会ったことがありません。

中学卒業を機に島を出て、今治の高校に通いながら夜はアルバイトという生活を送るうち、彼の部屋は友達の溜まり場になり、1年も経つといっぱしの不良になっています。警察に補導され、退学処分を受けて家に帰ると、父親に殴られ、明日から船に乗れと言われます。

それが嫌で、母親の金を盗んで広島に渡り、ラーメン屋で住み込みのアルバイトを始めるのですが、ほどなくして店がつぶれます。その後いくつもの仕事をしながら、岡山から神戸、そして大阪へ流れ着きます。

釜ヶ崎で日雇いの鉄筋工をしたあと、建設会社に就職します。鉄筋工は他と較べて技術的な習練があまり必要でなく、何より他の職人と話をしなくていいところが友永には合っていました。21歳で運転免許を取り、26歳で建設会社を辞めます。

スナック勤めの2歳年上の女と知り合い、女のアパートにころがり込んだまではよかったのですが - 実は私には籍を入れた夫がおり、離婚調停はしているが、承知してくれない - あげくに、幼稚園の娘までいると聞かされて、いっぺんに熱が冷めます。

建設会社と取引のあった卸商社に運よく雇ってもらい、金属屑の回収を担当するようになります。屑の回収と販売が誰にでもできることに気付き、ばかばかしくなって卸商社を辞め、一人でダライコ屋稼業を始めてから6年の月日が過ぎています。
・・・・・・・・・・
稲垣に連れ添った、稲垣の子分のような男がいます。名前は、ケン。ケンは痩せて頬が削げています。ジーンズに白のポロシャツ、なで肩で首が太く、長い腕が浅黒く灼けています。細く眠るような眼が爬虫類を連想させます。ケンは、拳法の達人です。

稲垣とケンとは一心同体のような関係で、その仲間に加わったのが友永という構図です。実はこの『迅雷』でメインとなるのは、彼らが仕組んだ2件目の誘拐の話です。

最初は西尾義明というヤクザの幹部を狙って、まんまと1千万円を奪うことに成功します。そして2ヵ月程が過ぎ・・・、稼いだ金が半分になり、明日こそは職業安定所をのぞいてみようと決心した友永のもとに、思いがけず稲垣から電話がかかってきます。

儲け話だと言う稲垣に対して、友永は最初のうち「話は聞きとうない。おれは足を洗うた」と拒みます。しかし「話だけでも聞いてくれ」という稲垣に乗せられて、とうとう最後には1回目よりさらに危ない計画の仲間に加わることになります。

「あと一回だけ、もう一回だけや。それが済んだら大阪を離れる。おれはどうせ根なし草やないか」- よせばいいのに友永は、誰にいうともなくそんな言葉を繰り返しています。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。

作品 「左手首」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「絵が殺した」「離れ折紙」「疫病神」「国境」「悪果」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」他多数

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