『カラヴィンカ』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/10
『カラヴィンカ』(遠田潤子), 作家別(た行), 書評(か行), 遠田潤子
『カラヴィンカ』遠田 潤子 角川文庫 2017年10月25日初版
売れないギタリストの多聞は、音楽誌に穴埋めコラムを書いて生計を立てている。最近、離婚して、妻のつくった借金を抱えて困窮していた。ある日、彼のもとに仕事の依頼が入る。カリスマ的な人気歌手、実菓子のロングインタビューだった。義理と借金のためやむやく引き受けたものの、二人は幼い頃同じ家で育ち、しかも、多聞の亡父と亡兄はともに実菓子の夫であった。二人はかつて共に住んでいた田舎の家で再会し、インタビューを開始する。実菓子への憎悪と愛情という相反する二つの感情を抱えていた多聞だったが、実菓子は多聞の知らなかった過去を語りはじめた。かつて多聞の家とともに村の二大勢力と言われた実菓子の実家の忌まわしい過去。二人の母が突然姿を消した謎。実菓子が10歳の時に起こした冤罪事件と、二度の結婚の秘密。数々の出来事の裏に隠されていた凄惨な真実が解き明かされたとき、新たな事件が起こる - 。(「KADOKAWA」オフィシャルサイトより)
原題は、『鳴いて血を吐く』。 鳴いて血を吐くホトトギス。 実菓ちゃんなら、鳴いて血を吐く迦陵頻伽だな、と兄の不動は言った。でも、所詮は鳥なんだ。畜生なんだよ、と。
※ 迦陵頻伽(カラヴィンカ)とは、人頭鳥身の想像上の生き物のこと。極楽に棲み、この上もなく美しい声を持ち、仏の教えを説くといいます。
今頃、実菓子は父の下で鳴いて血を吐いているのだろうか。猪のような父に押し潰され、あえいでいるのだろうか。どんな声で鳴いているのだろうか。実菓子の吐く血はどんなに赤いだろうか・・・・・・・
兄が狂ったのは父が死んだ夜だけだった。父の葬儀が済むと、兄はすさまじい勢いで絵を描きはじめた。そして、まだ四十九日が済まないうちに、数枚の下描きを俺と実菓子に見せてくれた。どの絵も歌う実菓子だった。今度の実菓子は異形ではなく、普通の人間として描かれていた。だが、どれも圧倒的な存在感があった。
大きく開かれた唇、かすかにのぞいた舌、小さな白い歯、わずかに膨らんだ鼻、伸びた首筋、張り詰めた指先。からみつく髪。丸い乳房、砂丘のような下腹、そして深い陰のある谷。
その後、多聞の兄・不動と実菓子は、晴れて夫婦となります。(但:二人の結婚は事実婚。一度父と結婚した実菓子は、たとえ父が死のうと絶対に兄・不動とは結婚できません。法律上、直系姻族間の婚姻は固く禁止されています)
実は父・青鹿馨と実菓子の結婚は一日(一夜)限りで終わります。式の夜、二人は幾度もまぐわった末、馨は明け方近くに命を落とします。不動と実菓子が夫婦となったのは、それから一年後。しかし、それも長くは続きません。
数年後。蔵を改装し、不動は中で実菓子の絵を描くことに専念します。彼が描いたのは、実菓子を迦陵頻伽に見立てた、みごとなまでの曼荼羅絵。不動は遺した絵とともに蔵を閉じ、中で独り餓死したのでした。
多聞は涙を流れるままにして立ち上った。
「これは曼荼羅なのか?」 兄の遺した絵を見つめた。
「そう。迦陵頻伽だけの曼荼羅」
後ろで声がした。多聞はどきりとして振り向いた。扉のところに実菓子が立っていた。「ここは不動が自分のためにつくった極楽」
光りを背にしているので、輪郭だけが見える。実菓子はゆっくりと蔵の中へと歩を進めた。
「そして・・・・・・・地獄」
実菓子は歌うように言うと、近づいてきた。
このとき多聞は、かつて起こった二つの事件の「嘘」に気付きます。兄も、実菓子も、母の奈津代も、実菓子の母・鏡子も、みなが嘘をついているのだと。
※辛く、耐え難い話ばかりが描かれています。旧村に残る因習や強烈な家父長制。虐待に次ぐ虐待と奔放な性の混淆。怨嗟、嫉妬、しがらみの果ての諦念。今と、今とは違う時代の空気が相まって、時に息がし辛くなります。それでも読むのを止められません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆遠田 潤子
1966年大阪府生まれ。
関西大学文学部独逸文学科卒業。
作品 「月桃夜」「アンチェルの蝶」「お葬式」「あの日のあなた」「雪の鉄樹」「蓮の数式」「オブリヴィオン」他
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