『君は永遠にそいつらより若い』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『君は永遠にそいつらより若い』津村 記久子 筑摩書房 2005年11月10日初版


君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)

 

この小説は、津村記久子のデビュー作にして太宰治賞の受賞作です。

私は、この人の書く小説が好きです。小説の主人公(著者と等身大の女性)の個性が好きなのです。比較的地味で、たぶんとびっきりの美人でもなくて、やや卑屈。その分自意識が強くて、強い分だけ素直にものが言えずにときに変人扱いされてしまう。

ところが、ひとりの世界では縦横無尽、無敵の戦士になります。妄想は際限なく広がり、憎い敵を薙ぎ倒し、正しいと信じることは怯まず一歩も後には引きません。現実が上手くいかない分だけ仮想は膨らんで、その分副作用も半端ないのですが。

「他人(ひと)が要ることは、難しい」と、彼女は痛切に感じています。他人の痛みや悩み、望んでいることも分かっているのに、思い通りに話せない、態度で示せないのです。
・・・・・・・・・・
主人公の堀貝佐世(ホリガイ)は京都に住む女子大生、卒業を間近に控え、地方公務員試験にも合格して、半ば燃え尽きたようにぼんやりとした毎日を送っています。22歳のホリガイは、未だに自分が処女であることが何より憂鬱です。処女という言葉を呪っています。

できれば「童貞の女」ということにしてほしいと願い、さもなくば別の言葉を発見して流行らせてほしいと思っています。「不良在庫」とか「劣等品種」、「ヒャダルコ」とか「ポチョムキン」とか・・・、ホリガイは才気ある、でもちょっと奥手の女子大生です。

穂峰君は、ホリガイが惚れた男です。子供が虐待されている様子を見かねて自分の部屋に住まわせていたのを、誘拐と勘違いされて警察の取り調べを受けるような人物です。彼との結婚を密やかに夢見るホリガイですが、穂峰君はある日突然自らの命を絶ってしまうのでした。

河北は大学を退学して、現在は実業家。河北とホリガイは腐れ縁で、河北は彼女を女扱いしませんが食事に誘ったりする仲です。ホリガイ曰く、河北は他人の心の機微に対してカジュアル過ぎる、その過ぎた部分こそを自分の得手としているような、ちょっと困った人物です。

河北の恋人・アスミちゃんを部屋に泊めたことがきっかけで、ホリガイは猪乃木楠子(イノギ)という女子学生と知り合うことになります。ホリガイがバイト先で出会うヤスオカとの交流を間に挟みながら、小説は徐々にホリガイとイノギの関わりへと収斂していきます。
・・・・・・・・・・
バイト先の酒造工場にやってきたヤスオカと、彼の指導役になったホリガイとのやりとりは、私がこの小説のなかで最も楽しくうずうずしながら読んだ部分です。

ヤスオカはホリガイに懐いています。ホリガイも、ヤスオカには気を許しています。食事に行った居酒屋で、ホリガイはヤスオカからある相談を受けます。この相談が男にとっては誠に切実な問題なのですが、二人のやり取りが傑作で只々笑ってしまう場面です。
・・・・・・・・・・
小学生の頃、同級生の2人の男子と大喧嘩の末、ひどく殴られた記憶をホリガイは忘れることができません。好きだった穂峰君がやろうとしたことは、赤の他人の子供を虐待から救い出すことでした。

ホリガイが地方公務員になろうとした本当の目的は、児童福祉に関わる仕事に就くためでした。児童福祉司の資格を取った誰にも言えない理由、・・・それはテレビの特番でみた行方不明の男の子を捜し出すためでした。
その時の衝動を、ホリガイは上手く説明できません。しかし、彼女の中で次第にその思いは具体的な形となり、やがて強固な意思へと醸成されていきます。

この小説の骨格となるテーマであり、語られるのは「無力で、理不尽なもの」に対する抵抗とそれに立ち向かうホリガイの「成長と自由」への軌跡です。

ホリガイの初体験の相手は、イノギさんでした。イノギさんの部屋で、その事件は語られます。中学生だったイノギさんは、ある日自転車の後ろから車をぶつけられて、逃げようとした矢先に尖った石で頭を殴られて意識を失くします。男の目的は暴行でした。この事件のせいで両親は離婚し、イノギさんの毛穴と片耳は潰れてしまいます。
・・・・・・・・・・
津村記久子という人は、大人になる一歩手前の女性の心理を本当に巧みに表現してくれる作家だと思います。辛辣だけど嫌味がなく、正直すぎるくらい正直に書けてしまうのはやっぱり与えられた才能なんでしょうね。

小説の最後は卒業の半年後、話は冒頭のシーンに遡ります。ホリガイは、休学中のイノギさんが暮らす和歌山沖の島へ行こうとしています。「あなたのことをいつも気にしている」という気持ちを、今こそ、イノギさんに伝えようとするホリガイの強い意思です。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)

◆津村 記久子
1978年大阪府大阪市生まれ。
大谷大学文学部国際文化学科卒業。

作品 「まともな家の子供はいない」「カソウスキの行方」「ミュージック・ブレス・ユー!!」「アレグリアとは仕事はできない」「ポトスライムの舟」「とにかくうちに帰ります」「ダメをみがく”女子”の呪いを解く方法」「これからお祈りにいきます」など

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『玉蘭』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『玉蘭』桐野 夏生 朝日文庫 2004年2月28日第一刷 玉蘭 (文春文庫) ここではないどこかへ

記事を読む

『カソウスキの行方』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『カソウスキの行方』津村 記久子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 カソウスキの行方 (

記事を読む

『肩ごしの恋人』(唯川恵)_書評という名の読書感想文

『肩ごしの恋人』唯川 恵 集英社文庫 2004年10月25日第一刷 肩ごしの恋人 (集英社文庫

記事を読む

『サキの忘れ物』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『サキの忘れ物』津村 記久子 新潮社 2020年6月25日発行 サキの忘れ物 見守って

記事を読む

『彼女がその名を知らない鳥たち』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田 まほかる 幻冬舎文庫 2009年10月10日初版 彼女が

記事を読む

『工場』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『工場』小山田 浩子 新潮文庫 2018年9月1日発行 工場 (新潮文庫) (帯に) 芥

記事を読む

『寡黙な死骸 みだらな弔い』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川 洋子 中公文庫 2003年3月25日初版 寡黙な死骸 みだら

記事を読む

『夜に啼く鳥は』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『夜に啼く鳥は』千早 茜 角川文庫 2019年5月25日初版 夜に啼く鳥は (角川文庫)

記事を読む

『神様の裏の顔』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『神様の裏の顔』藤崎 翔 角川文庫 2016年8月25日初版 神様の裏の顔 (角川文庫) 神

記事を読む

『午後二時の証言者たち』(天野節子)_書評という名の読書感想文

『午後二時の証言者たち』天野 節子 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 午後二時の証言者た

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『にぎやかな落日』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『にぎやかな落日』朝倉 かすみ 光文社文庫 2023年11月20日

『掲載禁止 撮影現場』 (長江俊和)_書評という名の読書感想文

『掲載禁止 撮影現場』 長江 俊和 新潮文庫 2023年11月1日

『汚れた手をそこで拭かない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『汚れた手をそこで拭かない』芦沢 央 文春文庫 2023年11月10

『小島』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『小島』小山田 浩子 新潮文庫 2023年11月1日発行

『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑