『鯨の岬』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『鯨の岬』(河崎秋子), 作家別(か行), 書評(か行), 河﨑秋子

『鯨の岬』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年6月25日第1刷

札幌の主婦奈津子は、鯨が腐敗爆発する動画を見て臭いを思い出す。後日、釧路の母を訪ねる途中、捕鯨の町にいた幼い頃が蘇ってくる。記憶の扉を開けた彼女は・・・・・・・「鯨の岬」。江戸後期の蝦夷地野付に資源調査のため赴任した平左衛門。死と隣り合わせの過酷な自然の中で、下働きの家族と親しくなり・・・・・・・「東陬遺事」(北海道新聞文学賞受賞作)。命を見つめ喪失と向き合う人々の凄絶な北の大地の物語。全二編。(集英社文庫)

つよく猛々しく、共感を拒絶する思考」 - 桜木紫乃

昭和の中期、「文学の陽は僻地から昇る」 と言った人がいた。
ずいぶんと若い頃に耳にした言葉だが、年を重ねて 「なるほど」 と思うことがあった。
河﨑秋子との出会いがそうだ。

初めて会ったのは、2013年だったと記憶している。藤堂志津子さんの声かけで、北海道内の書き手が札幌に集まり会食した日だった。北海道新聞文学賞を受賞されて間もない頃ではなかったろうか。

今でもはっきりと覚えているひとことがある。いったいどんな話の流れでそんな言葉が飛び出したのか、それすらも霞むほどの衝撃だった。

鯨以外の哺乳類はすべて絞めることができます
初対面の挨拶の流れにしてはハードなひとことだったが、返した言葉が人間も?。こちらの質問に彼女は ええ、たぶんと答えたと記憶している。

そのあと彼女は落ち着き払った仕種で、声で、哺乳類を絞める方法を語っていた。
当時の彼女の生業は羊飼いで、生家では牛馬の世話もしているという。いつ原稿を書いているのか、との問いには
牛舎に出る前ですと答えた。

「東陬遺事」 により河﨑秋子を見いだした北海道新聞文学賞の選考委員が口を揃えて言うのが 「別格だった」 のひとこと。いま、その選考委員の末席で、次の河﨑秋子を探しているのだが、なかなか 「別格」 には出会えないでいる。

解説の冒頭に記したひとことは、道東で文学をこよなく愛し、原田康子著 『挽歌』 をガリ版で世に出した鳥井省三のものだ。出来ることなら、彼に河﨑秋子の作品を読んで欲しかった。自身の手で探し、見つけたかったろう普遍を持った才能だ。

出会えたら、どんなに喜んだことだろう。
必ずや 「文学の陽が僻地から昇った」 と言うに違いないのだ。
「見つけたぞ」 と。(解説より)

※「東陬遺事」 の舞台となった 「野付」 という土地を、あなたはご存知だろうか。今は観光名所となった野付半島の - 色のない、墓場のようなあの光景を、見たことがあるだろうか。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆河﨑 秋子
1979年北海道別海町生まれ。
北海学園大学経済学部卒業。

作品 「颶風の王」「肉弾」「土に贖う」他

関連記事

『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)_書評という名の読書感想文

『宇喜多の捨て嫁』木下 昌輝 文春文庫 2017年4月10日第一刷 第一話  表題作より 「碁

記事を読む

『こちらあみ子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『こちらあみ子』今村 夏子 ちくま文庫 2014年6月10日第一刷 あみ子は、少し風変りな女の子。

記事を読む

『個人教授』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『個人教授』佐藤 正午 角川文庫 2014年3月25日初版 桜の花が咲くころ、休職中の新聞記者であ

記事を読む

『くちなし』(彩瀬まる)_愛なんて言葉がなければよかったのに。

『くちなし』彩瀬 まる 文春文庫 2020年4月10日第1刷 別れた男の片腕と暮ら

記事を読む

『カインは言わなかった』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『カインは言わなかった』芦沢 央 文春文庫 2022年8月10日第1刷 男の名は、

記事を読む

『白砂』(鏑木蓮)_書評という名の読書感想文

『白砂』鏑木 蓮 双葉文庫 2013年6月16日第一刷 苦労して働きながら予備校に通う、二十歳の高

記事を読む

『彼女が最後に見たものは』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『彼女が最後に見たものは』まさき としか 小学館文庫 2021年12月12日初版第1刷

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 大阪府豊中市で

記事を読む

『合理的にあり得ない』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『合理的にあり得ない』柚月 裕子 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 上水流涼

記事を読む

『侵蝕 壊される家族の記録』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『侵蝕 壊される家族の記録』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2016年6月25日初版 ねえ。 このう

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『作家刑事毒島の嘲笑』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『作家刑事毒島の嘲笑』中山 七里 幻冬舎文庫 2024年9月5日 初

『バリ山行』(松永K三蔵)_書評という名の読書感想文

『バリ山行』松永K三蔵 講談社 2024年7月25日 第1刷発行

『少女葬』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『少女葬』櫛木 理宇 新潮文庫 2024年2月20日 2刷

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)_書評という名の読書感想文

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場 集英社文庫 2

『これはただの夏』(燃え殻)_書評という名の読書感想文

『これはただの夏』燃え殻 新潮文庫 2024年9月1日発行 『

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑