『二人道成寺』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『二人道成寺』(近藤史恵), 作家別(か行), 書評(な行), 近藤史恵

『二人道成寺』近藤 史恵 角川文庫 2018年1月25日初版

恋路の闇に迷うた我が身、道も法も聞く耳持たぬ。もうこの上は俊徳様、何れへなりとも連れのいて、恋の一念通さでおこうか。邪魔しやったら蹴殺す。 - 摂州合邦辻 -

夫以外に、恋い焦がれる人がいる。梨園の御曹司、岩井芙蓉に嫁ぎ、充実した日々を送っていたはずの美咲。ある晩、美咲は自宅の不審火が原因で昏睡状態に陥ってしまう。芙蓉と人気実力ともに伯仲する女形の中村国蔵は、探偵の今泉文吾に火事の再調査を依頼する。国蔵は美咲から「夫に殺されるかも」との電話を受けたというのだ。眠り続ける美咲が恋した人は誰なのか - 。 火事の真相は? 名探偵、今泉文吾が解き明かす! (角川文庫)

歌舞伎の世界の話である。二人いる「女形」の話で、(梨園特有の芸名と本名があり)最初、誰が誰だかよくわかりません。「男」か「女」か、迷ったりもする。かもしれません。

「実はね、秀人ちゃん。上から話してくれと言われたんだが、道成寺を踊ってみないかという話がきているんだよ」

娘道成寺は、女形の舞踊の最高峰だ。安珍清姫の伝説を元に、可憐な娘から、恋に嘆く女まで、女のいろんな姿を、華やかな引き抜きや、いろんな道具を使った振りで見せる。

「普通の道成寺ではない。二人道成寺だよ」
二人道成寺は、道成寺のバリエーションで、その名の通り、道成寺をふたりで踊るものだ。パートを分けたり、また同じ振りを左右対称に踊ったり、ふたりの女形の華やかな競演を楽しむ演目である。

岩井芙蓉に対し、師匠が言ったもう一人が、中村国蔵。二人は同年代の女形役者で、可憐な少女や姫君の役を得意とする芙蓉に対し、国蔵は粋な芸者などの役がよく似合う、人気実力ともに伯仲する者同士の競演 - と思いきや、

物語の核心は、そこへ至るまでの「過程」にこそ仕組まれています。すべては芙蓉の妻・美咲に端を発し、それはあまたある歌舞伎の演目に似て、教訓くささなどわずかもなく、禍々しいのにきらびやかで、そして官能的。情念に充ち、果てを知りません。

恒とは違う世界の空気を味わってみてください。歌舞伎に興味がなくとも、何も知らなくても大丈夫。ここにあるのは、梨園の中でこそ際立つものの、恒の世にも起こり得る、そうある者に限られた、叶うすべのない愛憎劇なのですから。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆近藤 史恵
1969年大阪府生まれ。
大阪芸術大学文芸学科卒業。

作品 「凍える島」「サクリファイス」「カナリアは眠れない」「ねむりねずみ」「はぶらし」「巴之丞鹿の子」「天使はモップを持って」他多数

関連記事

『ちょっと今から仕事やめてくる』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『ちょっと今から仕事やめてくる』北川 恵海 メディアワークス文庫 2015年2月25日初版 こ

記事を読む

『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷 桐野夏生の新刊。帯には

記事を読む

『猫を処方いたします。』 (石田祥)_書評という名の読書感想文

『猫を処方いたします。』 石田 祥 PHP文芸文庫 2023年8月2日 第1版第7刷 京都を

記事を読む

『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 富田林市佐備の竹林。竹の子採り

記事を読む

『顔に降りかかる雨/新装版』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『顔に降りかかる雨/新装版』桐野 夏生 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 親友の耀子が、曰く

記事を読む

『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文

『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷 「恥の多い生涯を送っ

記事を読む

『櫛挽道守(くしひきちもり)』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『櫛挽道守(くしひきちもり)』木内 昇 集英社文庫 2016年11月25日第一刷 幕末の木曽山中。

記事を読む

『夏の終わりの時間割』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『夏の終わりの時間割』長岡 弘樹 講談社文庫 2021年7月15日第1刷 小学六年

記事を読む

『諦めない女』(桂望実)_書評という名の読書感想文

『諦めない女』桂 望実 光文社文庫 2020年10月20日初版 失踪した六歳の少女

記事を読む

『名前も呼べない』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『名前も呼べない』伊藤 朱里 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷 「アンタ本当

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑