『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『夜また夜の深い夜』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(や行), 桐野夏生

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷

桐野夏生の新刊。帯には 「魂の疾走を描き切った、苛烈な現代サバイバル小説」 とあります。

装丁とタイトルをみて、この人らしいどろどろとした人間模様が描かれたサスペンス風で刺激の強い小説が読めると期待して購入しました。

その期待は半分当たって、半分はずれました。

彼女は最近こんなことを考えてたんだなと、感心したというのが一番正直な感想です。

小説の半ばまでは、主人公のマイコ(舞子)が七海という女性に向けて手紙を書くというスタイルで話は進んで行きます。

舞子は母親と二人でナポリのスラム街で暮らしています。自分に似た境遇の七海を雑誌で知った舞子は、誰にも言えない現在の状況や日々の出来事を手紙に書き綴ります。

舞子はなぜ自分がこんな暮らしをしているのか、何も知らされていません。日本人でありながら海外の町を転々とし、しかも極貧の生活を強いられています。

学校もろくに行かせて貰えず、礼儀も知りません。母親がどんな仕事をしているのかも曖昧で、父のことや自分の出目さえ分からないのです。

そんな舞子がやがてMANGA CAFEのオーナー・シュン(日本人の綾瀬俊太郎、但し綾瀬は偽名)と出会うところから、話の展開はピッチを上げます。

社会から身を隠すように厳しく行動を制限されて、何も教えられないまま母親と暮らすことに耐え兼ねた舞子は、ついに母親と別れ家を出ます。

路頭に迷うなかで舞子が出会ったのは二人の女性、リベリア出身のエリスとモルドバ出身のアナでした。

エリスとアナは、ともに祖国に見切りをつけて不法入国した者同士でした。彼女たちが住む廃墟の地下室の、さらに下にある空間で三人は暮らし始めます。

やがて舞子は自分と母親が何者であり、如何なる理由で逃げるように海外を流転しているのかを知ることになりますが、その部分は書かずにおきましょう。

この小説には今日的な問題がたくさん書き込まれてあります。内戦と難民、テロリスト、ストリートチルドレン、無国籍、ナポリのごみ問題まで登場します。
そして、宗教。親が犯した罪を子供はどう償えるのか、、、等々。

いずれかひとつ採り上げても長編小説になりそうな重厚なテーマの数々ですが、桐野夏生はその全部を含んで薄暗い夜の奥に潜む一層の暗闇を我々に見せようとしているのか、
あるいは舞子の救われない不幸を際立たせるために用意された壮大な前提と考えるべきなのか、私にはいささか迷うところです。

いずれにせよ、桐野夏生は絶えず括目して今という時代を炙り出すテーマを探し続けている、まことにスケールの大きい作家であることには違いありません。

参考:タイトルの「夜また夜の深い夜」は、スペインのグラナダ出身の詩人・ロルカの詩集から採用されたようです。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆桐野 夏生

1951年石川県金沢市生まれ。父親の転勤で3歳で金沢を離れ、仙台、札幌を経て中学2年生で東京都武蔵野市に移り住む。

成蹊大学法学部卒業。24歳で結婚。シナリオ学校へ通い、ロマンス文学やジュニア文学、漫画の原作などを手がける。

作品 「愛のゆくえ」「錆びる心」「玉蘭」「グロテスク」「残虐記」「魂萌え!」「東京島」「女神記」「IN」「ナニカアル」「ハピネス」「だから荒野」他多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『夜の床屋』(沢村浩輔)_書評という名の読書感想文

『夜の床屋』沢村 浩輔 創元推理文庫 2014年6月28日初版 久しぶりに新人作家の、しかも

記事を読む

『やぶへび 』(大沢在昌)_書評という名の読書感想文

『やぶへび 』大沢 在昌 講談社文庫 2015年1月15日第一刷 甲賀は女好きでしたが、女運

記事を読む

『黒い家』(貴志祐介)_書評という名の読書感想文

『黒い家』貴志 祐介 角川ホラー文庫 1998年12月10日初版 若槻慎二は、生命保険会社の京都支

記事を読む

『雪の断章』(佐々木丸美)_書評という名の読書感想文

『雪の断章』佐々木 丸美 創元推理文庫 2008年12月26日初版 冬は厳しく街に君臨した。

記事を読む

『遊佐家の四週間』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『遊佐家の四週間』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2017年7月20日初版 羽衣子(ういこ)の親友・みえ

記事を読む

『カゲロボ』(木皿泉)_書評という名の読書感想文

『カゲロボ』木皿 泉 新潮文庫 2022年6月1日発行 気づけば、涙。TVドラマ

記事を読む

『夜がどれほど暗くても』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『夜がどれほど暗くても』中山 七里 ハルキ文庫 2020年10月8日第1刷 追う側

記事を読む

『魂萌え! 』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『魂萌え! 』桐野 夏生 毎日新聞社 2005年4月25日発行 夫婦ふたりで平穏な生活を送っていた

記事を読む

『罪の名前』(木原音瀬)_書評という名の読書感想文

『罪の名前』木原 音瀬 講談社文庫 2020年9月15日第1刷 木原音瀬著 「罪の

記事を読む

『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷 芥川賞を受賞した『共喰い』に続く作品

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『みぞれ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『みぞれ』重松 清 角川文庫 2024年11月25日 初版発行

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

『対馬の海に沈む』 (窪田新之助)_書評という名の読書感想文

『対馬の海に沈む』 窪田 新之助 集英社 2024年12月10日 第

『うたかたモザイク』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『うたかたモザイク』一穂 ミチ 講談社文庫 2024年11月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑