『だれかのいとしいひと』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『だれかのいとしいひと』角田 光代 文春文庫 2004年5月10日第一刷


だれかのいとしいひと (文春文庫)

 

角田光代のことは、好きになったばかりだ。
会ったのはまだ二度だけ。あまり話をしないように気をつけている。僕は今まで一気に人を好きになりすぎたんじゃないか。そしてあっというまにその人を失ってしまうのだ。

枡野浩一さんの解説は、こんな書き出しで始まります。みなさんはこの人物をご存じですか? もちろん知っている人は物凄くよく知っているのでしょうが、私は正直何にも知らなくて、どこのどんな人が解説を書いているんだろうと思ったのです。

調べてみると、枡野さんは歌人でありお笑い芸人でもあるらしい。コピーライターやイラストレーターを経て歌人デビューし、短歌以外にもエッセイや漫画評論、現代詩や小説も発表しているとのこと。いやはや、これはかなりな有名人ではないですか。

プライベートでは、「漫画家の南Q太は元妻」と書いてあります。南Q太という名前も、私は聞いたことも見たこともありません。けれども、どうやら枡野さんは彼女との離婚をひどく反省しているらしい。解説を読むにつれ、段々とそれが分かってきます。
・・・・・・・・・・
吉祥寺東急のそばにある地中海料理の店で、枡野さんはちょっと遅めの夕食を摂っています。向かいのテーブルを見ると、そこには肩幅の広い男の背中が見えます。落ち着いた口調で向かいの席の女性に何か話しているのですが、話の中身までは聞こえません。

その様子を見て、「自分に足りなかったのは落ち着いた口調だったのかも知れない」と枡野さんは思います。肩幅も全然ない。やっぱり女性は包容力のある男がいいんだと思い、続けて、角田光代だってきっとそうに違いないと思います。

枡野さんが注文したのは和風味のスパゲティだったのですが、出てきたのはトマト味のスパゲティ。結婚していた頃の枡野さんなら即座に作り直してもらうところですが、このときの枡野さんは何も言わないでおくことにします。

それは今自分が独りで、裁判のあと元妻の行方がわからなくなり、もうすぐ4歳になる息子にも会えずにいること、裁判には「勝った」けれど、結果的に元妻を前より怒らせてしまったことなどにうちひしがれて、文句を言う気にもなれなかったということです。

スパゲティを食べ終えた枡野さんは、リュックから角田光代の短編集『だれかのいとしいひと』を取り出します。彼女の本はまだ数冊しか読んでいないのですが「読めば好きになるとわかっているから、少しずつしか読みたくない」と枡野さんは思っています。

枡野さんは、短編「誕生日休暇」を読み返しています。初対面の男の奇妙な打ち明け話を旅先で聞くヒロイン、という構図を持ったこの短編を読みながら、角田光代特有の「行きずりの人への想像力」に思いを馳せています。

なんで彼女は自分ではない誰かの話を、こんなふうに自分のことのように、いとしそうに書けるんだろう。関係ない他人のことなんか放っておけばいいのに。どうせ他人なんだから。- そう枡野さんは思います。

利口な人ならさっさと見捨てるなり諦めるはずの関係を、そんなところに限って角田光代は諦めが悪い。けれど、それは「情が深い」ということでもあるような気がして、彼らを僕は憎めない。そもそも利口な人なら躓かないようなことに、ひとつひとつ躓いて、しかも諦めが悪いからこそ、彼らにはドラマが生まれていくのだと枡野さんは思います。

元恋人の部屋に忘れたポスターを盗みにいく彼女。好きになった女友達の恋人まで好きになってしまう彼女。終わりそうな恋人とのデートに姪っ子を連れていってしまう彼女。みんなみんな、どこか間違っている。間違っていて、僕みたいじゃないか、と枡野さんは呟きます。
・・・・・・・・・・
今回は、「解説」の解説を書いてみました。何かが行き合わない、ちょっと不幸で不憫な男と女の恋の話が8編、そのあとには珍しく角田光代の「あとがき」が付いています。そして、枡野さんの解説。これが9個目の短編になっているのです。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


だれかのいとしいひと (文春文庫)

◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「空中庭園」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「ロック母」「マザコン」「かなたの子」「ドラママチ」「それもまたちいさな光」「笹の舟で海をわたる」「幾千の夜、昨日の月」ほか多数

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