『アンチェルの蝶』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『アンチェルの蝶』(遠田潤子), 作家別(た行), 書評(あ行), 遠田潤子

『アンチェルの蝶』遠田 潤子 光文社文庫 2014年1月20日初版

大阪の港町で居酒屋を経営する藤太の元へ、中学の同級生・秋雄が少女ほづみを連れてきた。奇妙な共同生活の中で次第に心を通わせる二人だったが、藤太には、ほづみの母親・いづみに関する二十五年前の陰惨な記憶があった。少女の来訪をきっかけに、過去と現在の哀しい「真実」が明らかにされていく - 。絶望と希望の間で懸命に生きる人間を描く、感動の群像劇。(光文社文庫)

あらん限りの不幸の連続で、きりがない。どこまでも人を追い詰める。果てがない。読んでいて、決していい気はしない。けれど、読まされてしまうのだ。

蓮の数式』 も、『カラヴィンカ』 のときもそう。例えば目を背けたくなるような暴力行為や倒錯する性衝動について、一見そんなこととは無関係に思える人間が、それが常識から遠ければ遠いほど、それらに対し、実は時に抗いがたい欲求に苛まれることがある。

遠田潤子の書く小説は、諸々ある邪悪なものに関する、いわば 「緩衝材」(ストッパー) のようなものかもしれない。いや、きっとそういうことなのだ。でなければ、こんな本を読みたいと思うはずがない。

そこいらにある不幸では飽き足らなくなったとき、のほほんと暮らす毎日が激しくつまらないと感じるとき、そして、剥き出しの欲望をどうにかして鎮めたいと思うようなとき。そんなときこそ、この人の小説を読むといい。

母に捨てられ、父に殴られ、勉強もできず、リコーダーも吹けない。そんな俺でも、いつかなにかができるのだろうか -

劣悪の環境から抜け出すため、罪なき少年は恐るべき凶行に及んだ。25年後の夜。大人になった彼に訪問者が。それは救いか? 悪夢の再来か?

河口近く、殺風景な街の掃き溜めの居酒屋「まつ」の主人、藤太。客との会話すら拒み、何の希望もなく生きてきた。ある夏の夜、幼馴染みの小学生の娘が突然現れた。二人のぎこちない同居生活は彼の心をほぐしてゆく。しかしそれは、凄惨な半生を送った藤太すら知らなかった、哀しくもおぞましい過去が甦る序章だった。今、藤太に何ができるのか? 希望は、取り戻せるか?

圧倒的なエモーションで描く慟哭のサスペンス。これは、忘れられない物語となる。
この切なさ。この高まり。遠田潤子に注目! (アマゾン内容紹介より)

この本を読んでみてください係数  85/100

◆遠田 潤子
1966年大阪府生まれ。
関西大学文学部独逸文学科卒業。

作品 「月桃夜」「カラヴィンカ」「お葬式」「あの日のあなた」「雪の鉄樹」「蓮の数式」「オブリヴィオン」他

関連記事

『イヤミス短篇集』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『イヤミス短篇集』真梨 幸子 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 小学生の頃のクラスメイトか

記事を読む

『臣女(おみおんな)』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『臣女(おみおんな)』吉村 萬壱 徳間文庫 2016年9月15日初版 夫の浮気を知った妻は身体が巨

記事を読む

『ウィメンズマラソン』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『ウィメンズマラソン』坂井 希久子 ハルキ文庫 2016年2月18日第一刷 岸峰子、30歳。シ

記事を読む

『犬婿入り』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『犬婿入り』多和田 葉子 講談社文庫 1998年10月15日第一刷 多摩川べりのありふれた町の学習

記事を読む

『カソウスキの行方』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『カソウスキの行方』津村 記久子 講談社文庫 2012年1月17日第一刷 不倫バカップルのせい

記事を読む

『さんかく』(千早茜)_なにが “未満” なものか!?

『さんかく』千早 茜 祥伝社 2019年11月10日初版 「おいしいね」 を分けあ

記事を読む

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』山田 詠美 幻冬社 2013年2月25日第一刷

記事を読む

『孤独論/逃げよ、生きよ』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『孤独論/逃げよ、生きよ』田中 慎弥 徳間書店 2017年2月28日初版 作家デビューまで貫き通し

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『海の見える理髪店』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『海の見える理髪店』荻原 浩 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 第155回直木

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑