『玩具の言い分』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『玩具の言い分』朝倉 かすみ 祥伝社文庫 2012年7月30日初版


玩具の言い分 (祥伝社文庫)

四十三歳の宇津井茂美はいまだに男性経験がない。自分と似た境遇の伯母が入院してしまい、独り身の行く末を案じていた。両親が伯母を見舞いに行ったため、代わりに父親の知人を接待することに。おくての茂美は、訪ねてきた三人が素敵な男性だと分かり、狼狽えるが・・・・。(『小包どろぼう』より) 大人の恋愛は複雑で苦い。だけど、どこか甘い。心にしみわたるアラフォー女性への応援歌。(祥伝社文庫)

小包どろぼう
茂美は、現在、43歳。ひとりですが、配偶者と死別したわけでも離別したわけでもありません。仲の良い伯母・きみちゃんと同様、一度も結婚歴がないタイプの独身です。

明日は休みだという日の夜9時頃のことです。ひまで本を読むことにした茂美は、(単行本でも文庫でも新書でもなく)昭和31年8月号の『主婦の友』という雑誌を手に取ります。雑誌は散歩の途中で古本屋で買ったもの。彼女はこの手のものを好んで読みます。

その日留守番を頼まれ、茂美が父の客人を接待することになったのは、70歳を過ぎたきみちゃんが肺炎で入院したのが原因で、客人がやって来るまでの間、茂美は読むともなく『主婦の友』を眺めています。

表紙をめくると黴の臭いがします。日に灼けて変色したページは(現在の女性誌とは違い)紙質がよくありません。雑誌を見ながら、何気に茂美はきみちゃんと過ごした幼い頃を思い出しています。歳は違えど似た者同士のきみちゃんに、ひとり思いを馳せています。

きみちゃんだってきっと(雑誌の中の)こういう人妻に憧れていたのだろう。というより、夫を持つ将来をてんから信じていたのではないか。自分が少数派にまわるなど若かりし頃のきみちゃんの頭にはまるでなかったのかもしれない。茂美はそんなことを考えています。

雑誌を見ると「ホルモン」という単語が目につきます。当時は「ホルモン」が新しかったらしく、美容関係の商品にはホルモンの配合を謳ったものが多くあります。

「のむ美容整形」として紹介されている健康薬品は、のむと新陳代謝がさかんになり、血行血色が良化され、女性本来の体質になると書いてあります。ヤセルホルモンなど6つの薬効が「女らしいスタイル美」を創るという錠剤は、「薬効の美容体操」と呼ばれています。
・・・・・・・・・
「ホルモン」の広告を見ていると、やがて(世話を頼まれた)客人がやって来ます。

最初茂美は、客人を(三人の)家族だと思っています。さぞや晴ればれとした心持ちでいることだろう。大学に合格した息子は初めて親もとを離れ、両親にとっては一抹の寂しさもあるのだろうが、それでも青空のような気持ちでいるのだろうと思っています。

妻は一家の主婦として張り切っているんだろうと。妙に色艶のよい女が脳裏をよぎります。顔立ちはわからないが、満たされた女の肌は血の巡りがよくてつやつやしている。夫と息子に挟まれ、頬を上気させはしゃぐ中年女の様子を、茂美はひとり思い描いています。

茂美からしてみたら、「たべ残した果実のない女」だ。「たくさん実のなった大きな木」に、「猿みたいに登って行って」、なるたけ甘そうなのを選んで「もいだ」経験のある女を目の当たりにすると、わずかに傷つくのだった。

茂美はホルモン配合の健康薬品の広告を眺め、何気に申し込んでみようかなという気になります。販売元はもはや存在していないかもしれないし、商品はもう無いのだろうと思うのですが、それでも、雑誌にある振替番号に送金したら届きそうに思えます。

(来るとしたら)小包郵便に違いない。茶色い紙で包装され、縄みたいな紐で十字にぎゅっと縛ってあって、荷札が付いている。そんな小包が届きそうに思えてきます。

女らしさを約束するホルモンが、時間を超えてやってくる。それがあれば絶対だ。という気がする。それさえあれば、手に入れられるものがきっとあるにちがいない。

茂美の中では、小包の中身が果実になってゆきます。男も恋愛も結婚も出産もみんな「女性らしさを約束するホルモン」の賜物だと彼女は思います。叶うなら、ぜひ味わってみたい。糖度は違うだろうが、多くの女たちが欲しがるのだから、甘いに決まっている。

そう思うのですが、その一方で彼女はこうも思います。小包は、あらかじめ、用意されている 用意されていて、たぶん、届く時期も決まっている。しかし、きみちゃんに小包が届かなかったように、自分にもきっと届かないのだろうと茂美は思います。なぜなら、それはもともと用意されてはいないのだからと。

そういいきかせても、しかし、茂美は自分自身を説得できません。男や恋愛や結婚や出産を経験した女たちは、みんな、小包どろぼうなんだと、彼女は思います。

やつらは、われわれの敵だよ、きみちゃん。かかわり合った(数少ない)過去の男たちを思い出しながら、今茂美は、予期せぬ三人の男を前にして、(薄ぼんやりとではありますが)たしかに自分が欲情しているのを感じています。

※ 他に、5編あります。ときにコミカル、ときには遠い日を思い出し、胸が痛むかもしれません。どれかひとつでも読んでみてください。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


玩具の言い分 (祥伝社文庫)

◆朝倉 かすみ
1960年北海道小樽市生まれ。
北海道武蔵女子短期大学教養学科卒業。

作品 「田村はまだか」「夏目家順路」「深夜零時に鐘が鳴る」「感応連鎖」「肝、焼ける」「声出していこう」「ロコモーション」「恋に焦がれて吉田の上京」など

関連記事

『NO LIFE KING ノーライフキング』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文

『NO LIFE KING ノーライフキング』いとう せいこう 新潮社 1988年8月10日発行

記事を読む

『相棒に気をつけろ』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『相棒に気をつけろ』逢坂 剛 集英社文庫 2015年9月25日第一刷 相棒に気をつけろ (新潮

記事を読む

『田舎でロックンロール』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『田舎でロックンロール』奥田 英朗 角川書店 2014年10月30日初版 田舎でロックンロール

記事を読む

『ほろびぬ姫』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『ほろびぬ姫』井上 荒野 新潮文庫 2016年6月1日発行 ほろびぬ姫 (新潮文庫) &

記事を読む

『螻蛄(けら)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『螻蛄(けら)』黒川 博行 新潮社 2009年7月25日発行 螻蛄 (角川文庫) &nb

記事を読む

『菊葉荘の幽霊たち』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『菊葉荘の幽霊たち』角田 光代 角川春樹事務所 2003年5月18日第一刷 菊葉荘の幽霊たち

記事を読む

『終の住処』(磯崎憲一郎)_書評という名の読書感想文

『終の住処』磯崎 憲一郎 新潮社 2009年7月25日発行 終の住処 (新潮文庫) 妻はそれ

記事を読む

『煙霞』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『煙霞』黒川 博行 文芸春秋 2009年1月30日第一刷 煙霞 (文春文庫)  

記事を読む

『骨を彩る』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『骨を彩る』彩瀬 まる 幻冬舎文庫 2017年2月10日初版 骨を彩る (幻冬舎文庫) 十年

記事を読む

『銃とチョコレート 』(乙一)_書評という名の読書感想文

『銃とチョコレート』 乙一 講談社文庫 2016年7月15日第一刷 銃とチョコレート (講談社

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ポースケ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『ポースケ』津村 記久子 中公文庫 2018年1月25日初版 ポ

『アンチェルの蝶』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『アンチェルの蝶』遠田 潤子 光文社文庫 2014年1月20日初版

『ホーンテッド・キャンパス』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『ホーンテッド・キャンパス』櫛木 理宇 角川ホラー文庫 2012年12

『事件』(大岡昇平)_書評という名の読書感想文

『事件』大岡 昇平 創元推理文庫 2017年11月24日初版 事

『カラヴィンカ』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『カラヴィンカ』遠田 潤子 角川文庫 2017年10月25日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑