『落英』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『落英』黒川 博行 幻冬舎 2013年3月20日第一刷


落英

 

大阪府警薬物対策課の桐尾と上坂は覚醒剤密売捜査の最中、容疑者宅で想定外のブツを発見した。発射痕のある中国製のトカレフ - 迷宮入りしている16年前の和歌山・南紀銀行副頭取射殺事件で使用された拳銃だった。ふたりは拳銃を調べる専従捜査を命じられ、射殺事件を担当していた和歌山県警の満井と手を組む。しかし、満井は悪徳刑事だった。桐尾と上坂は、事件当時に犯人と目されていた暴力団幹部に、発見した拳銃と同じものを売りつけるよう、満井に持ちかけられる。金さえあれば、いつでも女が抱ける - 。黒い欲望が、刑事を危険すぎる囮捜査に走らせる。(「BOOK」データベースより)

「日刊ゲンダイ」に連載されたものに加筆、修正を加えて単行本になったのが今から2年半程前の2013年3月。比較的最近の作品です。『落英』の「英」は花びらのこと、「落英」は散る花びら、または散った花びらのことを言います。

いわゆる「大阪府警シリーズ」や「疫病神シリーズ」とは別物で、主役となる2人はいつもと同じ大阪府警の人間なのですが、この小説にはもう一人、和歌山県警日高署盗犯係の「満井」という、正体の知れない、およそ警官らしからぬ人物が登場します。

話は中盤辺りでくっきり前後半に分れ、前半では大阪を舞台に覚醒剤密売に絡む大捕り物が展開されます。刑事部薬物対策課所属の桐尾と上坂はここで大層活躍し、うまくいけば府警本部長賞をもらえるほどの働きをします。2人は同期で独身、30歳半ばの刑事です。

ところが - それこそが本部長賞ものだったのですが - 彼らは、(結果として)ある「余計なこと」をして、従来の捜査から外されてしまいます。それはまさに捜査の佳境という場面。2人は、薬物よりもはるかに押収価値がある〈一丁の拳銃〉を発見します。

これがただの拳銃ではありません。発見された銃には発射痕があり、調べてみると16年前の和歌山・南紀銀行副頭取射殺事件で使用されたものだったのです。拳銃は中国製の真正トカレフ、事件はすでに時効が成立し、解決せぬまま迷宮入りになっています。

桐尾と上坂は「特命による専従捜査」と称して担当を外され、和歌山県警と連携してトカレフを洗えと命じられます。そんな限りなく無駄な、しかも管轄違いの事件を追う様子が語られるのが後半で、そこへ登場するのが「満井」という警察官です。

とりあえず、半年・・・去年の内に時効を迎え、迷宮入りした事件の捜査に半年、しかも2人きりで、あとは自分の判断で動けと言われるだけ。取調べの途中で呼ばれ、昼を食ったらすぐに和歌山へ行け、和歌山南署で署長の松尾に会って話を聞けと言われます。

松尾から紹介された満井は盗犯係の巡査部長、去年の7月に時効を迎えるまで南紀銀行事件の継続捜査を担当していた人物です。聞けば2人と同様に、満井も県警本部から専従捜査を命じられています。3人は似た者同士、体良く遠ざけられて邪魔者扱いされています。
・・・・・・・・・・
結構ここまでが長くて、半分から後は別の話に感じられたりもするのですが、面白いのは断然後半です。そのための少し長目のフリだと思って前半を読んで下さい。大阪の覚醒剤密売事件と和歌山の事件は、思わぬところで繋がっています。

それにつけても、際立って面白いのが満井という男です。満井は痩せて色が黒く、額が狭くて度の強そうな銀縁眼鏡をかけています。何より目を引くのが満井のいでたちで、まるで警察官らしからぬ、ある日の満井はシャブの売人みたいな恰好をしています。

黒の開襟シャツにだぶだぶの麻のズボン、メッシュの革靴。トレードマークのパナマ帽を目深に被った姿は売人さながらで、「職務質問されますよ」と上坂が笑うと、満井はさもうっとうしそうに唇をゆがめて、「さっき、制服警官がふたり来よったわ」などと答えます。

飲む打つ買うのやりたい放題で、何を金蔓にしているのか正体が知れません。満井は端からやる気がありません。桐尾と上坂に初めて会った日、満井は「ま、お陽さん西々で行こかい」などと言います。関西の諺で「仕事はせずとも日は暮れる」という意味です。

旨いものを食い、上等な酒を飲み、女と遊ぶ隙間を縫うようにして3人は捜査を進めて行きます。そして、あろうことか満井は、南紀銀行事件で使われたのと同じ拳銃「中国製トカレフ・M54」を手に入れて、囮捜査をしようと言い出します。

大阪で発見された時と同じ状態 - ビニールの風呂敷に包まれて、中は油だらけの新聞紙と薄茶色の布が巻かれていた - にして、目星をつけた暴力団・黒鐵会の米田のところへ持って行き、これを買えと誘いをかけろと言うのです。

刑事が極道にチャカを売る - 満井の、あまりに危険すぎる囮捜査の提案に応じるべきか否か。桐尾と上坂は、すぐに返事ができません。馘を賭けてまでする捜査かどうかが分からぬまま、2人は今、進退を賭けた重大な決断をしようとしています。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


落英

 

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。6歳の頃に大阪に移り住み、現在大阪府羽曳野市在住。
京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。

作品 「二度のお別れ」「左手首」「雨に殺せば」「ドアの向こうに」「絵が殺した」「離れ折紙」「疫病神」「国境」「悪果」「螻蛄」「文福茶釜」「煙霞」「暗礁」「破門」「後妻業」「勁草」他多数

関連記事

『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷 赤と白 (集英社文庫) 冬は

記事を読む

『抱く女』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『抱く女』桐野 夏生 新潮文庫 2018年9月1日発行 抱く女 (新潮文庫) 女は男の従属物

記事を読む

『ルパンの消息』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『ルパンの消息』横山 秀夫 光文社文庫 2009年4月20日初版 ルパンの消息 (光文社文庫)

記事を読む

『勁草』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『勁草』黒川 博行 徳間書店 2015年6月30日初版 勁草 (文芸書)  

記事を読む

『ロック母』:「ゆうべの神様」と「ロック母」(角田光代)_書評という名の読書感想文

『ロック母』:「ゆうべの神様」と「ロック母」角田 光代 講談社文庫 2010年6月15日第一刷

記事を読む

『路上のX』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『路上のX』桐野 夏生 朝日新聞出版 2018年2月28日第一刷 路上のX こんなに叫ん

記事を読む

『緑の毒』桐野夏生_書評という名の読書感想文

『緑の毒』 桐野 夏生 角川文庫 2014年9月25日初版 緑の毒 (角川文庫) &nb

記事を読む

『恋』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『恋』小池 真理子 新潮文庫 2017年4月25日11刷 恋 (新潮文庫) 1972年冬。全

記事を読む

『ロゴスの市』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『ロゴスの市』乙川 優三郎 徳間書店 2015年11月30日初版 ロゴスの市 (文芸書) 至

記事を読む

『金曜のバカ』(越谷オサム)_書評という名の読書感想文

『金曜のバカ』越谷 オサム 角川文庫 2012年11月25日初版 金曜のバカ (角川文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『JR品川駅高輪口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR品川駅高輪口』柳 美里 河出文庫 2021年2月20日新装版初

『死者のための音楽』(山白朝子)_書評という名の読書感想文

『死者のための音楽』山白 朝子 角川文庫 2013年11月25日初版

『騙る』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『騙る』黒川 博行 文藝春秋 2020年12月15日第1刷 騙

『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治)_書評という名の読書感想文

『ケーキの切れない非行少年たち』宮口 幸治 新潮新書 2020年9月

『ひとでちゃんに殺される』(片岡翔)_書評という名の読書感想文 

『ひとでちゃんに殺される』片岡 翔 新潮文庫 2021年2月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑