『夜に星を放つ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/06
『夜に星を放つ』(窪美澄), 作家別(か行), 書評(や行), 窪美澄
『夜に星を放つ』窪 美澄 文藝春秋 2022年7月30日第2刷発行
第167回 直木賞受賞作
かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。
コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く 「真夜中のアボカド」。学校でいじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活を描く 「真珠星スピカ」、父の再婚相手との微妙な溝を埋められない小学生の寄る辺なさを描く 「星の随に」 など、人の心の揺らぎが輝きを放つ五編。(文藝春秋)
[第一話] 真夜中のアボカド
婚活アプリで出会った恋人と、このまま関係が続くと思っていたが・・・・・・・。
[第二話] 銀紙色のアンタレス
十六歳になった真は田舎のばあちゃんの家で幼馴染みの朝日と夏休みを過ごす。
[第三話] 真珠星スピカ
交通事故で亡くなった母親の幽霊と、奇妙な同居生活が始まった。
[第四話] 湿りの海
離婚した妻と娘はアメリカに渡った。傷心の沢渡はシングルマザーと出会い・・・・・・・。
[第五話] 星の随 (まにま) に
弟が生まれたというのに、「僕」 は新しいお母さんのことをまだ 「渚さん」 としか呼べていない。
*
私を生んだ母は、私が三歳の時に死にました。姉が二人おり、三人の子供を抱えて父はどうしようもなかったのだと思います。父は、親戚から紹介されたその縁談を受け入れました。新しい母は初婚で若かったのですがてんかん持ちで、年に何度か白目を剥いて失神し、突然倒れることがありました。生活を立て直すべく再婚したはずの父だったのですが、思ったようには仕事ができず、相変わらず家は貧乏でした。
田舎まる出しで、友だちもよべない古い家が嫌でした。いつどこで倒れるかもしれない母が嫌でした。なぜこんな家の子どもに生まれてきたのだろうと、気付くとそうだった不幸な境遇を恨みました。自分のことを、誰より不憫な子だと思っていました。
歳をとり、今になってようやくわかります。おさない頃、私が私だけだと思い込んでいた不運や不幸が、実はそうではないということが。世間 (世界) にはもっともっと不運なことがあり、もっともっと不幸な人がいることを知りました。
私の不運や不幸なんかは何でもなくて、似たようなことは山ほどあって、もっともっとつらい思いの人が何千何万といることを。
そして、
思えば、一等つらかったのは父だったろうと。三人の子どもを抱えた男と結婚するしかなかった母だったろうと。老いた二人に、私は優しくできただろうか。育ててもらっただけの恩を返せただろうか。本を読み、そんなことを考えました。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆窪 美澄
1965年東京都稲城市生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。短大中退。
作品 「晴天の迷いクジラ」「クラウドクラスターを愛する方法」「アニバーサリー」「ふがいない僕は空を見た」「さよなら、ニルヴァーナ」「アカガミ」「トリニティ」他多数
関連記事
-
『やりたいことは二度寝だけ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文
『やりたいことは二度寝だけ』津村 記久子 講談社文庫 2017年7月14日第一刷 毎日アッパッパー
-
『幸福な遊戯』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『幸福な遊戯』角田 光代 角川文庫 2019年6月20日14版 ハルオと立人と私。
-
『三度目の恋』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『三度目の恋』川上 弘美 中公文庫 2023年9月25日 初版発行 そんなにも、彼が好きなの
-
『紙の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『紙の月』 角田 光代 角川春樹事務所 2012年3月8日第一刷 映画 『紙の月』 の全国ロー
-
『物語が、始まる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
『物語が、始まる』川上 弘美 中公文庫 2012年4月20日9刷 いつもの暮らしの
-
『八日目の蝉』(角田光代)_書評という名の読書感想文
『八日目の蝉』角田 光代 中央公論新社 2007年3月25日初版 この小説は、不倫相手の夫婦
-
『奴隷小説』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
『奴隷小説』桐野 夏生 文芸春秋 2015年1月30日第一刷 過激です。 桐野夏生の新刊『
-
『二人道成寺』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文
『二人道成寺』近藤 史恵 角川文庫 2018年1月25日初版 恋路の闇に迷うた我が身、道も法も聞
-
『万引き家族』(是枝裕和)_書評という名の読書感想文
『万引き家族』是枝 裕和 宝島社 2018年6月11日第一刷 「犯罪」 でしか つな
-
『ともぐい』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
『ともぐい』河﨑 秋子 新潮社 2023年11月20日 発行 春に返り咲く山の最強の主 -