『虎を追う』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文
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『虎を追う』(櫛木理宇), 作家別(か行), 書評(た行), 櫛木理宇
『虎を追う』櫛木 理宇 光文社文庫 2022年6月20日初版1刷
「連続幼女殺人事件」 を洗いなおせ - 元刑事と若者たちがチームを組んだ! 真犯人はどこにいる!? 『死刑にいたる病』 の俊英が放つ一気読み必至の冤罪ミステリー!!
三十年前、人々を震撼させた 『北蓑辺郡連続幼女殺人事件』。死刑判決を受け収監されていた二人組の犯人の一人が獄死した。当時、県捜査一課の刑事だった星野誠司は、冤罪の疑いを捨てきれずにいた。引退した今、孫の旭とその友人の協力を得て再調査へと乗り出してゆく。ネットを駆使して世論を動かす中、真犯人を名乗る人物が、新聞社に新たな証拠を送りつける - 。(光文社文庫)
検視の結果、里佳ちゃんの死亡推定時刻は誘拐から二日後と推定された。つまり父親が金を持って公園横の電話ボックスで待機していたときには、すでに死亡していた。
胃はほぼ空っぽだった。前歯が六本叩き折られ、頬骨と鼻骨と眼窩下孔が折れていた。脾臓に損傷があった。あきらかに過度の殴打によるものだった。また膣と肛門に著しい裂傷を負っており、両の股関節がはずされていた。
死因は窒息である。しかし紐や手による絞殺ではなかった。検視官は、咽頭いっぱいに土砂が詰まっているのを確認した。
つまり里佳ちゃんは穴にほうりこまれたときは生きており、生き埋めにされてじわじわと死んだのである。その事実を知らされた瞬間は、さすがの海千山千の捜査員たちも慄然と言葉を失った。(P13~14 本文より)
幼い少女が殺される - それはあまりに凄惨な、あまりにも痛ましい出来事でした。止めを知らない凌辱は狂気の沙汰で、その上少女は生きたまま土に埋められたのでした。媚びたお前が悪い - ゆったりと微笑んで、犯人はそう言ったのでした。
本書で描かれるのは、三十年前に栃木県で起きた 「北簑辺郡連続幼女殺人事件」。二人の幼女が立て続けに誘拐され、嗜虐的な殺され方をしたという陰惨な事件である。犯人として亀井戸建と伊与淳一という二人の男が逮捕されて死刑判決を受けたが、亀井戸は拘置所で病死し、伊与は今も収監されている。
栃木県警を定年退職した星野誠司は、亀井戸の死を知って衝撃を受ける。彼は、事件当時からこの二人は冤罪ではないかという疑いを抱いていたのだ。現役警察官時代はしがらみがあって動けなかったけれども、真実を明らかにし、伊与を救うことは今からでも出来るのではないか - 。
事件を調べ直そうと決意した誠司は、旧知の記者・小野寺にまず相談した。事態を打開するには世論を動かすことが重要だと小野寺が主張したため、誠司は自身の孫である大学生の旭に相談を持ちかける。自分より賢く、現代社会の機微に聡い彼ならば、世論を動かす何らかの方法を知っているのではと思ったからだ。
祖父から事情を聞いた旭はインターネットの動画を利用することを提案し、映像に詳しい幼馴染みの石橋哲に協力を仰ぐ。哲は自分からの三つの提案を守ることを条件に、旭のため動画作成を引き受けた。
かくして成立した 「星野班」 は、SNSや動画投稿サイトなどを駆使して冤罪事件の真相調査をリアルタイムで配信し、大衆に拡散するというかたちで問題提起を行う。彼らの動きには反撥も支持も集まり、巨大な反響が世間に拡がってゆく。同時に、当時の関係者を訪ねることで、警察の調書にも記録されていなかったような新たな証言が集まってくる。そんな 「星野班」 の活動に刺激され、長年鳴りを潜めていた犯人もまた動きはじめた - 。(解説より)
※警察がする捜査 ・・・・ ではないところが面白い。リアルタイムで配信されるSNSや動画投稿は賛否両論で、それでも、それゆえ拡散し、留まるべくして真犯人の目に留まり、遂には反応せざるを得なくなる犯人の、その心境とは・・・・・・・。言わずもがなですが、都度開示される情報は、チームを組んだベテランたちの地道な調査と周到な準備の賜物に他なりません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆櫛木 理宇
1972年新潟県生まれ。
大学卒業後、アパレルメーカー、建設会社などの勤務を経て、執筆活動を開始する。
作品 「ホーンテッド・キャンパス」「赤と白」「侵蝕 壊される家族の記録」「209号室には知らない子供がいる」「死刑にいたる病」「ぬるくゆるやかに流れる黒い川」他多数
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