『恋愛中毒』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『恋愛中毒』山本 文緒 角川文庫 2022年5月15日52版発行

恋愛感情の極限を抉り出す、戦慄のベストセラー小説。直木賞作家の原点。

- どうか、どうか、私。これから先の人生、他人を愛しすぎないように。他人を愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。水無月の堅く閉ざされた心に、強引に踏み込んできた小説家の創路。調子がよくて甘ったれ、依存たっぷりの創路を前に、水無月の内側からある感情が湧き上がってくる - 。世界の一部にすぎないはずの恋が、私のすべてをしばりつけるのはどうして。吉川英治文学新人賞受賞恋愛小説の最高傑作! (角川文庫)

はじめに言っておきます。くれぐれも早合点しないでください。そして必ず最後まで読むように。読むと景色が一変します。驚愕し、背筋が寒くなります。

- この小説は最初、井口という編集プロダクションに勤める青年のひとり語りから始まる。彼は前の恋人とうまくわかれることが出来なかった。その女性はかなり粘着質の性格で、彼の勤める会社にまで押しかけてくる。せっかく移った居心地のいい今度の会社も、どうやら同じことになるらしい。

辞表を既に書き上げた彼は、社長と事務員のおばさんと飲むことになる。そして社長が帰った後、そのおばさんから長い長い身の上話を聞くのだ。

水無月という事務員は語り始める。こうした独白というのは、ふつう深い自己観察とクールな知性に支えられているものだ。よって読者は安心して、そのひとり語りの世界に入っていくのである。ラストに向かって、自己洞察と反省はさらに進んでいくはずだと考えていく。

ところがやがて奇妙なことに気づく。青年のひとり語りで始まったこの小説は、水無月のひとり語りで終わっているのである。これは小説の形態として、はなはだ奇妙なものと言えるだろう。元の場所に戻っていかない。あきらかに小説と主人公とがさまよい始めたのだ。そして物語が終わり、水無月は我に返る。

「『どうかしましたか?
尋ねられて顔を上げると、事務所の新人の男がこちらを怪訝そうに見ていた。
どうしたことだ。主役が入れ替わっているのである。ここで読者の私たちは知る。彼女はまだ狂気の中から覚醒していないことをだ。(以下略/解説より)

※水無月は本名を水無月美雨といいます。しかし美雨という自分の名前が大嫌いで、たいていはペンネームの 「水無月圭子」 で通しています。創路に出会う前の水無月は弁当屋で働き、片手間で翻訳の仕事をしています。その頃の水無月は三十歳過ぎで、彼女は過去に離婚を経験しています。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山本 文緒
1962年神奈川県生まれ。2021年10月13日(58歳)没。
神奈川大学経済学部卒業。

作品 「プラナリア」「アカペラ」「ブルーもしくはブルー」「パイナップルの彼方」「自転しながら公転する」他多数

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