『リバー』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『リバー』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(ら行)
『リバー』奥田 英朗 集英社 2022年9月30日第1刷発行
同一犯か? 模倣犯か?
人間の業と情を抉る 無上の群像劇×緊迫感溢れる 圧巻の犯罪小説!十年前、渡良瀬川河川敷で相次いで発見された若い女性の死体。そして今、未解決連続殺人事件の悪夢が再び幕を開ける。(集英社)
奥田英朗の新刊 『リバー』 を読みました。本は分厚く、全部で648ページあります。読むと確かに 「終わる」 のですが、どこか割り切れないところが残り、この先をもっと読みたいと思う気持ちが後を引きます。なぜなら、解決するのは 「事件だけ」 だからです。
群馬県桐生市、栃木県足利市で若い女性の遺体が相次いで発見された。首を締められて殺害されたとみられるふたりの遺体は全裸で、両手を縛られているという共通点があった。そのうえ発見場所はいずれも、群馬県と栃木県の県境付近を流れる渡良瀬川の河川敷だった。
刑事たちは胸騒ぎをおぼえる。両県ではちょうど十年前にも同じ河川敷で若い女性の全裸遺体が発見されていたからだ。犯人は十年前と同一か。それとも模倣犯か。奥田英朗による犯罪小説 『リバー』 では、この “渡良瀬川連続殺人事件” をめぐり、刑事、記者、犯罪被害者、それぞれの視点から物語が織りなされる。
ところが本作で内面まで描かれるのは、登場人物のうちの一部だ。疑惑の人物らの内面は、作者が構築した精密な世界のなかに、あえて残した空洞のようにつかめず、読者は、彼らの行動や仕草から想像することしかできない。
このもどかしさや不安には覚えがあった。
私は普段、刑事裁判を取材して記事を書いており、事件を起こした当人に取材を行うこともある。長く未解決だった殺人事件の被告人に面会取材を重ねていたとき、私は彼に当時の気持ちや動機をしつこく尋ねた。逮捕までに約十年も犯行を隠し続けた彼が、誰とも共有してこなかった感情に触れたかった。だが実際には、私のような普通の人間が理解できるような、腑に落ちる答えが都合よく得られるわけではない。そもそも、自分から動機を語りだすこともない。何度聞いても 「ストレスがあった」 「とっさに刺した」 など、お決まりのフレーズを繰り出し、内面に踏み込ませてくれなかった。取材では、分らないことが分からないまま終わることがある。彼の衝動、快楽は、やはり表情や仕草、言葉から想像することしかできないままだ。
人間には共有したくない感情、見せたくない顔がある。作者はそれを巧みに “描かない” うえで、ディテールを積み上げる。架空の世界を描いた小説に、強烈なリアルがある。(webページ 「集英社文芸ステーション」 に掲載された高橋ユキ氏の書評全文)
なるほど、群馬県警捜査一課三係の刑事、斎藤一馬警部補は、物語の後半、限りなく犯人に近いと思われるある人物の、犯人像とはまるで違う一面に接し、こんなことを思うのでした。
陰惨な事件を担当するたびに思うことが一馬にはあった。マスコミはいつも、動機の解明が待たれますという常套句で犯人像を探ろうとするが、理屈で説明できる人間なら人など殺さないのである。
人の闇を推察したからと言って、調書が整うだけのことで誰一人救われるわけではない。今度のリバー事案にしても、事件が解決したところで腑に落ちる人間はいないだろう。さしずめ松岡などその筆頭である。まだ真相があるはずだと、この先も一人で捜査を続けるのである。
刈谷は夕方までイオンモールで過ごした。話すことは尽きないようで、車椅子を押しながら、モール内を散策していた。刈谷を逮捕した場合、妹はどうなるのだろうと思ったら、不意に切なくなった。犯罪は、周囲の人間を根こそぎ地獄に突き落とす。(本文 P.400)
※リバー事案:渡良瀬川河川敷で発生した一連の殺人事件を警察はこう呼んでいます。
※松岡:十年前の事件で被害者となった二十歳の女性の父親。
※刈谷:三人いる 「重要参考人」 の中の一人。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家。
作品 「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「空中ブランコ」「町長選挙」「沈黙の町で」「無理」「噂の女」「ナオミとカナコ」「向田理髪店」「罪の轍」他多数
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