『氷菓 The niece of time』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/03/26 『氷菓 The niece of time』(米澤穂信), 作家別(や行), 書評(は行), 米澤穂信

『氷菓 The niece of time』米澤穂信 角川文庫 2001年11月1日初版


氷菓 (角川文庫)

 

『満願』『折れた竜骨』に続いて、『氷菓 The niece of time』を読みました。改めてこの3作品を眺めてみると、まるで別人が書いたように趣きが違いますが、逆にそれがすごいですね。米澤穂信という人の懐の深さを感じます。

別人が書いたよう、と言いながらすぐに翻すようで恐縮ですが、いずれの作品も米澤穂信が書いたものだという確たる証があります。『折れた竜骨』の作中の言葉を借りて言いますと、どの小説にあっても主人公や当事者たちは「理性と理論」をもって謎を解明する、という一点です。刑事であろうと中世の騎士だろうと、未成年の高校生でさえもです。

概してクールで、決して感情的にものを言ったりしません。発生した「事実」から、誰もが見逃している「新たな事実」を導き出す手腕はどれもに共通しています。彼らは誰に媚びることもなく、当然の帰結のごとく事の真相を提示してみせてくれます。

『氷菓』は、所謂ライトノベルに近い小説、ライトノベルとミステリーをミックスさせた作品だということですが、そもそもライトノベルの定義をよく承知していない私は、一般小説を読むのと同じように読んで、同じように推理の明快さに感心したのです。

確かに読み易く、扱っている題材に凶悪な暴力や邪悪な陰謀といった要素がない分、軽やかでミステリーにはあまりない穏やかささえ感じる作品です。そこが若い世代の支持を集める最大の理由なのでしょう。青春のほろ苦さも加わり、何より後味が良いので続編が読みたくもなるはずです。
・・・・・・・・・・
米澤穂信のデビュー作であり、〈古典部〉シリーズの第一作です。

高校に入学したばかりの折木奉太郎は、海外を旅行中の姉・供恵から手紙を受け取ります。中には、「古典部に入りなさい」と書いてあります。それは、古典部を廃部から救えという、供恵からの優しい「強要」でした。

奉太郎が入学した神山高校は、毎年の文化祭が盛況なのが特色の、珍奇な部活(例えば、水墨画部やアカペラ部)が多い学校でした。古典部もその一つでしたが、部員は3年連続ゼロ状態で、奉太郎が入部しなければ廃部になる運命です。

奉太郎が古典部の部室を兼ねた地学講義室に行くと、そこには先客の姿がありました。彼女の名は千反田える。千反田は「一身上の都合」があって古典部に入部したと言います。姉が入れと言うから仕方なく入部したのに、彼女がいるなら必要なかった...元々やりたくないことはやらない主義の奉太郎にとってこの事態は悲劇ですが、すでに後の祭りです。

その後、奉太郎と千反田に続いて2人の同級生が古典部へ入部します。1人は福部里志、奉太郎とは旧友で手芸部と二足の草鞋です。もう1人は伊原麻耶花、こちらも奉太郎とは小学校以来の付き合いで、麻耶花の方は漫画研究会との掛け持ちです。

古典部には元来具体的な活動目標はなかったのですが、部長になった千反田が文化祭に向けて文集を作ると言い出します。そのためにバックナンバーを参考にしようと捜し出すのですが、見つかったのは文集「氷菓」の第二号から先の分でした。創刊号だけが見当たりません。「氷菓」という妙なタイトル、表紙には犬と兎が水墨画調で描かれていますが、一匹の犬と兎が噛み合っている絵は滑稽であり、また不気味でもありました。

バックナンバーが見つかる以前に、奉太郎は千反田からある相談を受けていました。千反田には関谷純という伯父がおり、幼稚園の頃その伯父から古典部の話をよく聞いたと言うのです。そのなかで関谷が言い淀んだことがあり、やっとそれを聞いた千反田は大泣きしたこと、泣いている千反田を関谷はあやそうとしなかったこと...その内容が思い出せずにいると言うのです。33年前の古典部に何があったのか、それを調べるために千反田は古典部へ入部したと告白されます。

文集「氷菓 第二号」には、千反田の伯父・関谷のことが載っていました。古典部に在籍していた関谷には、そのとき何かがあったのです。しかも、その後の彼の人生を左右するような一大事が。文集の序文には、そのことを明示する文章が綴られていました。
・・・・・・・・・・
千反田がなぜ伯父のことを奉太郎に打ち明けて相談したのか。その伏線は、前半にあります。気が付いたら密室になっていた教室。毎週決まって借り出される一冊の本。あるべき文集を頑なに無いと言い張る壁新聞部の部長...。それらの不可解な謎をことごとく解き明かして行く奉太郎に千反田は賭けたのでした。

他にも、神山高校では文化祭のことを「カンヤ祭」と俗称で呼ぶ理由とか、文集の「氷菓」というよく分からないタイトルに隠された秘密など、言葉に関わる謎解きもあって、飽きません。そう言えば『氷菓』の単行本には「You can’t escape」という副題が付いており、それがこの文庫では「The niece of time」になっています。これもまた意味深ですね。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


氷菓 (角川文庫)

◆米澤 穂信

1978年岐阜県生まれ。

金沢大学文学部卒業。

作品「折れた竜骨」「心あたりのある者は」「インシテミル」「追想五断章」「満願」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『星々の悲しみ』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『星々の悲しみ』宮本 輝 文春文庫 2008年8月10日新装版第一刷 星々の悲しみ (文春文庫

記事を読む

『舞台』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『舞台』西 加奈子 講談社文庫 2017年1月13日第一刷 舞台 (講談社文庫) 太宰治『人

記事を読む

『墓地を見おろす家』(小池真理子)_書評という名の読書感想文

『墓地を見おろす家』小池 真理子 角川ホラー文庫 2014年2月20日改訂38版 墓地を見おろ

記事を読む

『賢者の愛』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『賢者の愛』山田 詠美 中公文庫 2018年1月25日初版 賢者の愛 (中公文庫) 高中真由

記事を読む

『美しい距離』(山崎ナオコーラ)_この作品に心の芥川賞を(豊崎由美)

『美しい距離』山崎 ナオコーラ 文春文庫 2020年1月10日第1刷 美しい距離 (文春文庫

記事を読む

『浮遊霊ブラジル』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『浮遊霊ブラジル』津村 記久子 文芸春秋 2016年10月20日第一刷 浮遊霊ブラジル

記事を読む

『つむじ風食堂の夜』(吉田篤弘)_書評という名の読書感想文

『つむじ風食堂の夜』吉田 篤弘 ちくま文庫 2005年11月10日第一刷 つむじ風食堂の夜 (

記事を読む

『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』(成田名璃子)_書評という名の読書感想文

『坊さんのくるぶし/鎌倉三光寺の諸行無常な日常』成田 名璃子 幻冬舎文庫 2019年2月10日初版

記事を読む

『逢魔』(唯川恵)_書評という名の読書感想文

『逢魔』唯川 恵 新潮文庫 2017年6月1日発行 逢魔 (新潮文庫) 抱かれたい。触られた

記事を読む

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文)_僕には母と呼べる人がいたのだろうか。

『僕のなかの壊れていない部分』白石 一文 文春文庫 2019年11月10日第1刷 僕のなかの

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『初恋』(大倉崇裕)_世界29の映画祭が熱狂! 渾身の小説化

『初恋』大倉 崇裕 徳間文庫 2020年2月15日初刷 初恋

『ダブル』(永井するみ)_極上のサスペンスは日常から生まれる

『ダブル』永井 するみ 双葉文庫 2020年2月15日第1刷

『ネメシスの使者』(中山七里)_テミスの剣。ネメシスの使者

『ネメシスの使者』中山 七里 文春文庫 2020年2月10日第1刷

『貘の耳たぶ』(芦沢央)_取り替えた、母。取り替えられた、母。

『貘の耳たぶ』芦沢 央 幻冬舎文庫 2020年2月10日初版

『BUTTER』(柚木麻子)_梶井真奈子、通称カジマナという女

『BUTTER』柚木 麻子 新潮文庫 2020年2月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑