『氷菓 The niece of time』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『氷菓 The niece of time』(米澤穂信), 作家別(や行), 書評(は行), 米澤穂信

『氷菓 The niece of time』米澤穂信 角川文庫 2001年11月1日初版

米澤穂信の 『満願』 『折れた竜骨』 に続き、『氷菓 The niece of time』 を読みました。改めてこの3作品を並べてみると、まるで趣きが異なっているのがわかります。別人が書いたような、そんな気さえしてきます。

とはいえ、(当たり前ですが) いずれの作品も米澤穂信が書いたものだという確たる証拠があります。『折れた竜骨』 の作中の言葉を借りて言いますと、どの小説にあっても主人公や当事者たちは 「理性と理論をもって謎を解明する」 という一点です。刑事であろうと中世の騎士だろうと、未成年の高校生でさえもです。

概してクールで、感情的にものを言ったりしません。発生した 「事実」 から、誰もが見逃している 「新たな真実」 を導き出す手腕はどの作品にも共通しています。誰に媚びることなく、当然の帰結のごとく事の真相を暴いてみせます。

読み易く、扱っている題材に凶悪な暴力や邪悪な陰謀といった要素がない分、軽やかでミステリーにはあまりない穏やかささえ感じられます。そこが若い世代の支持を集める理由なのかもしれません。青春のほろ苦さも加わり、何より後味が良いので次が読みたくなるのも頷けます。

この小説は米澤穂信のデビュー作であり、〈古典部〉 シリーズの第一作です。

高校に入学したばかりの折木奉太郎は、海外を旅行中の姉・供恵から手紙を受け取ります。中には、「古典部に入りなさい」 と書いてあります。それは古典部を廃部から救えという、供恵からの優しい 「強要」 でした。

奉太郎が入学した神山高校は、毎年の文化祭が盛況なのが特色の、珍しい部活 (例えば水墨画部やアカペラ部) が多い学校でした。古典部もその一つでしたが、部員は3年連続ゼロ状態で、奉太郎が入部しなければ廃部になる運命でした。

奉太郎が古典部の部室を兼ねた地学講義室に行くと、そこには先客があり、彼女の名は千反田えるといいました。彼女は 「一身上の都合」 があって古典部に入部したと言います。姉が入れと言うから仕方なく入部したのに、彼女がいるなら必要なかった・・・・・・・ 元々やりたくないことはやらない主義の奉太郎にとってこの事態は悲劇ですが、すでに後の祭りです。

その後、奉太郎と千反田に続いて2人の同級生が古典部へ入部します。1人は福部里志、奉太郎とは旧友で手芸部と二足の草鞋でした。もう1人は伊原麻耶花、こちらも奉太郎とは小学校以来の付き合いで、麻耶花の方は漫画研究会との掛け持ちでした。

古典部には元来具体的な活動目標はなかったのですが、部長になった千反田が文化祭に向けて文集を作ると言い出します。そのためにバックナンバーを参考にしようと捜し出すのですが、見つかったのは文集 「氷菓」 の第二号から先の分でした。創刊号だけが見当たりません。「氷菓」 という妙なタイトル、表紙には犬と兎が水墨画調で描かれているのですが、一匹の犬と兎が噛み合っている絵は滑稽であり、また不気味でもありました。

バックナンバーが見つかる以前に、奉太郎は千反田からある相談を受けていました。千反田には関谷純という伯父がおり、幼稚園の頃その伯父から古典部の話をよく聞いたと言うのです。そのなかで関谷が言い淀んだことがあり、やっとそれを聞いた千反田は大泣きしたこと、泣いている千反田を関谷はあやそうとしなかったこと・・・・・・・その内容が思い出せずにいると言うのです。33年前の古典部に何があったのか、それを調べるために千反田は古典部へ入部したと告白されたのでした。

文集 「氷菓 第二号」 には千反田の伯父・関谷のことが載っていました。古典部に在籍していた関谷には、そのとき何かがあったのです。しかも、その後の彼の人生を左右するような一大事が。文集の序文には、そのことを明示する文章が綴られていました。

千反田がなぜ伯父のことを奉太郎に打ち明けて相談したのか。その伏線は、前半にあります。気が付いたら密室になっていた教室。毎週決まって借り出される一冊の本。あるべき文集を頑なに無いと言い張る壁新聞部の部長・・・・・・・。それらの不可解な謎をことごとく解き明かして行く奉太郎に千反田は賭けたのでした。

※そう言えば、『氷菓』 の単行本には 「You can’t escape」 という副題が付いています。それがこの文庫では 「The niece of time」 と書き換えられています。何故なんでしょう? それもよーく考えてください。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆米澤 穂信

1978年岐阜県生まれ。

金沢大学文学部卒業。

作品「折れた竜骨」「心あたりのある者は」「インシテミル」「追想五断章」「満願」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『4TEEN/フォーティーン』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『4TEEN/フォーティーン』石田 衣良 新潮文庫 2005年12月1日発行 東京湾に浮かぶ月島。

記事を読む

『ほどけるとける』(大島真寿美)_彼女がまだ何者でもない頃の話

『ほどけるとける』大島 真寿美 角川文庫 2019年12月25日初版 どうにも先が

記事を読む

『ふたり狂い』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『ふたり狂い』真梨 幸子 早川書房 2011年11月15日発行 『殺人鬼フジコの衝動』を手始

記事を読む

『貘の耳たぶ』(芦沢央)_取り替えた、母。取り替えられた、母。

『貘の耳たぶ』芦沢 央 幻冬舎文庫 2020年2月10日初版 あの子は、私の子だ。

記事を読む

『ヒポクラテスの憂鬱』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ヒポクラテスの憂鬱』中山 七里 祥伝社文庫 2019年6月20日初版第1刷 全て

記事を読む

『安岡章太郎 戦争小説集成』(安岡章太郎)_書評という名の読書感想文

『安岡章太郎 戦争小説集成』安岡 章太郎 中公文庫 2018年6月25日初版 満州北部の孫呉に応召

記事を読む

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発行 朝日、読売、毎日、日

記事を読む

『メガネと放蕩娘』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『メガネと放蕩娘』山内 マリコ 文春文庫 2020年6月10日第1刷 実家の書店に

記事を読む

『はんぷくするもの』(日上秀之)_書評という名の読書感想文

『はんぷくするもの』日上 秀之 河出書房新社 2018年11月20日初版 すべてを

記事を読む

『夜の木の下で』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『夜の木の下で』湯本 香樹実 新潮文庫 2017年11月1日発行 話したかったことと、話せなかった

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑