『タイニーストーリーズ』(山田詠美)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2021/01/27
『タイニーストーリーズ』(山田詠美), 作家別(や行), 山田詠美, 書評(た行)
『タイニーストーリーズ』山田 詠美 文春文庫 2013年4月10日第一刷
当代随一の書き手がおくる、宝石箱のような短編小説集。アメリカ人兵士との恋愛を描く「GIと遊んだ話」から、街に立つ電信柱がその心情を語る「電信柱さん」まで21種のまったく異なる感情の揺らめきが、それぞれにまばゆい光を放ちます。ささやかなのに心をとらえて離さない、極上の物語たちをご堪能ください。(「BOOK」データベースより)
「催涙雨」
精神病院での話が一転、ラストは思いもよらぬエロティックなシーンで終わります。その鮮やかな反転にしてやられて、残像がいつまで経っても消えません。
「ガラスはわれるものです」
恋は盲目。何もなければドラマは自分で勝手に仕掛けます。しかし、何事も節度を守るべし!! 彼のために新しく買ったホットコーヒー用のガラスポット。説明書きにはこんなことが書いてあります -〈ガラスはわれるものです。お取り扱いには充分ご注意下さい〉
「紙魚(しみ)的一生」
本を大量に読むというだけで彼の知性を疑わなかった私は、女の数をこなしているから床上手と思ってしまう馬鹿な女と同じ轍を踏んでしまったようなもの。知識と知性は別物であることを学ぶ羽目になった - 知性に憧れる、バカな女の話。
「にゃんにゃじじい」
夕やけ橋の向こうの、三角公園から歩いてほど近いところにある家。そこには「にゃんにゃじじい」と呼ばれている猫好きの老人・本田次郎さんと奥さんの園子さんが暮らしています。園子さんは、もう歩けず、日がな一日、揺り椅子に座っています。
中学生の鈴絵は猫が大好きで、次郎さんとはすぐに仲良しになります。週に何度か訪れる、園子さんのためのデイサービスの担当が志村くん。10歳ほども年上の志村くんに鈴絵はほのかな恋心を抱くのですが、園子さんは彼女のことを、おそらく、猫だと思っています。
「GIと遊んだ話」
第1話から第5話まで、5つのエピソードが合間合間に綴られています。私はとくに2番目の話が好きで、その話を書こうとしていたのですが、はからずも解説にその第2話のことが書いてあります。
解説を書いているのは、代官山の蔦屋書店 -で、おそらくは働いておられる - 間室道子さんという方です。彼女が第2話を例に挙げて言っているのは「同じ話であっても、読み手によってそれぞれの物語はがらりと表情を変える」ということです。
誰に注目して読むか。何に心を置いて読むか。もっというと、そのときの読み手の状況次第で、誰に注目してしまうか。何に心を置いてしまうか - がずいぶんと違ってきますよ、ということが書いてあります。
彼女が言うのは、正論です。時として、自分により近しい人物に肩入れすることはままあることです。でもネ、間室さん。私は思うのです。山田詠美が好きで、彼女の本をたくさん読んでいるような人なら、おそらくそんなことはとうに承知していますよ。きっと。
て言うか、そういうことを考えたり、感じたり、自分の感じたことに信用が置けずに、何かを確かめずにはおけないでいるような人しか、たぶん、本気で小説なんか読まないのです。とくに山田詠美の小説などはその最たるものだと、私は思っています。
自分の心の在り処を探るのと同じように他者のそれを知りたい一心で、私は小説を読んでいます。私はすでに十分老いぼれていますが、小説の中でなら、小さな小学生にも中学生にも、女性にだってなることができます。
ですから、第2話に登場する、若いGIから年寄り扱いされ、しかし本当はまだ40そこそこのヴェトナム帰還兵、サー・ジャクソンの気持ちが分かるし、彼を憎からず思う日本人女性・久喜子(発音がしづらいので、六本木のクラブではクッキーと呼ばれています)の心情が分からぬわけではないのです。
もしかすると、それが間室さんの言う「読書の魔法」なのかも知れません。いずれにしても、今の私は、どちらかと言えば私以外の人間に関心があります。でも、間室さんはきっと違うのです。どちらに加担した読み方になっているとかいないとか、そんなことではありません。
間室さんが若い分、自分と、自分により近しい人物に関心を持ち、「父親ほどに歳の離れた」ジャクソンについては、せいぜいよくある「その年恰好に似た男性」を想像するしかないのは仕方ないことなのです。
すみません。こんなことを書くつもりは毛頭なかったのですが、おかしなことになってしまいました。私は、「GIと遊んだ話」の第2話が好きなだけだったのです。久喜子が最後に「もう少しで泣き出したくなった」 話をしたかっただけなのに。間室さん、ごめんなさい。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。
作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ジェントルマン」「ベッドタイムアイズ」「A2Z」「色彩の息子」「学問」「放課後の音符」「風味絶佳」他多数
関連記事
-
-
『てとろどときしん』(黒川博行)_書評という名の読書感想文
『てとろどときしん』黒川博行 角川文庫 2014年9月25日初版 てとろどときしん 大阪府警・
-
-
『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文
『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷 岸辺の旅 (文春文庫) きみが三年
-
-
『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭)_書評という名の読書感想文
『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』大石 圭 光文社文庫 2019年2月20日初版 奴隷商人
-
-
『検事の本懐』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文
『検事の本懐』柚月 裕子 角川文庫 2018年9月5日3刷 検事の本懐 (角川文庫)
-
-
『トワイライトシャッフル』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『トワイライトシャッフル』乙川 優三郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 トワイライト・シャッ
-
-
『断片的なものの社会学』(岸政彦)_書評という名の読書感想文
『断片的なものの社会学』岸 政彦 朝日出版社 2015年6月10日初版 断片的なものの社会学
-
-
『隣はシリアルキラー』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『隣はシリアルキラー』中山 七里 集英社文庫 2023年4月25日第1刷 「ぎりっ
-
-
『展望塔のラプンツェル』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文
『展望塔のラプンツェル』宇佐美 まこと 光文社文庫 2022年11月20日初版第1刷
-
-
『月と蟹』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文
『月と蟹』道尾 秀介 文春文庫 2013年7月10日第一刷 月と蟹 海辺
-
-
『肩ごしの恋人』(唯川恵)_書評という名の読書感想文
『肩ごしの恋人』唯川 恵 集英社文庫 2004年10月25日第一刷 肩ごしの恋人 (集英社文庫