『土の中の子供』(中村文則)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『土の中の子供』(中村文則), 中村文則, 作家別(な行), 書評(た行)
『土の中の子供』 中村 文則 新潮社 2005年7月30日発行
この人の小説は大体が暗くて、難解です。ドストエフスキーやカミュ、カフカなどの影響を受けているというのですから言わずもがなです。
私はおそらくこの本を出版直後に買っていますが、中村文則という名前も初めてなら、芥川賞を受賞していることさえ知りませんでした。
読み出してみると、えらく深刻な内容で、書出しだけざっと眺めた印象とはまるで別物なのに戸惑ったことをよく憶えています。
以後認識をきっちり改めて、この作家の小説に向き合おうとするのですが、悲しいかな未だに右往左往しています。
『土の中の子供』についても、正直何から感想を書き出して、どこを着地にすればよいのか分からないのです。
作家が伝えようとするものが非常に普遍的な心象なので、行間に詰め込まれたメッセージを正しく掴まえるのに難儀します。
・・・・・・・・・・・
主人公が暴走族に囲まれ、激しく痛めつけられる場面から物語は始まります。
きっかけは、煙草の吸殻をわざと彼等に向かって投げつけたことで、その結果受けるであろう暴行も予測した上での行為でした。
わざと自分を危険に晒し、不利な状態に陥ることを主人公の「私」は幾度となく繰り返していました。
激しい暴力に対して恐怖するものの、「怖さのあまり脱力して、心臓の鼓動が苦しくなり、痙攣する背筋」の感覚を「悪くない」と感じている「私」がいるのです。
傷つけられた先の究極にある快感や安堵を期待する自分を「私」は明らかに意識しているのでした。
子供時代に受けた虐待とその虐待から救われた施設での話が、27歳になる現在の「私」の原点として語られます。
「恐怖に乱され、故に恐怖に依存する」ことから抜け出せないままの現在の自分と過去の体験を重ねるシーンです。
高所から落下する空缶やトカゲに「私」がイメージするもの、「私は土の中から生まれた」と言わしめるものの発露がそこに存在しています。
かつての同僚・白湯子と「私」は同居していますが、決して積極的な理由からではなく、行き場を失くした白湯子をはずみで迎え入れた格好です。
深い愛情で結ばれているわけではない白湯子と同居を続ける「私」の心情は、正直分かりづらいところです。
ただ、この小説で「私」はあくまでひとり自分の内面と向き合い自分に語りかけているのですが、白湯子は唯一質感のある他者です。
心通うとまでは行かずとも、生身の白湯子が「私」にとって当面の救いをもたらす存在として描かれているならいいなと思うのです。
尚、単行本には本作ともう一篇「蜘蛛の声」が収められています。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆中村 文則
1977年愛知県東海市生まれ。
福島大学行政社会学部応用社会学科卒業。
作品 「銃」「遮光」「悪意の手記」「最後の命」「何もかも憂鬱な夜に」「世界の果て」「掏摸<スリ>」「悪と仮面のルール」「去年の冬、きみと別れ」他多数
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