『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』 辻内智貴 祥伝社 2012年10月20日初版

6年ぶりに書いたという本はタイトル通りで、辻内智貴が人生について思いのままを綴っています。

冒頭では東日本大震災に対する短いコメントと、被災者を救う言葉を持たない現在の自分の無力感を語っています。

震災の衝撃は、何かを見直したり、何かを始めたり、何かを諦めたりする大きな契機になりました。

それは国とか政府とか、企業とか団体だけでなく、市井で暮らす人々の誰もが、立止まって振り返り、自分はどうあるべきかを自問した出来事でした。

辻内智貴もきっとその中のひとりであったに違いありません。もし震災がなければ、辻内智貴はこの小説を書くことはなかったような気がします。

いつの間にか50歳を過ぎて、ほんの少し前までは自分には決して巡り来ない、ずっと先にあるものだと思っていた老いを前にして、人は何を思うのでしょうか。

...思い通りにいかなかったことの方がはるかに多いけれど、それでも随分長く生きてきた。今も、生きている。

何事にも以前ほどの執着は無くなっているし、さほど欲しいものも無いが、まだこの先も生き続けなくてはならない。

何のために生きるのか、終着点はいったいどこで、どんな風に迎えるのか...

この小説は、東京から生まれ故郷へ戻ったものの、相変わらずその日暮らしの「俺」が、あるとき人生について無性に語りたくなって生まれた作品です。

小説の前半は「A DAY」のタイトルで1編から6編まで、自伝的な色合いの話が並びます。後半は、独立した短編が3つ。

話としては統一感なしで、それこそ思うままに書かれています。この人らしいと言えばその通りの作品です。

読者は辻内智貴と一緒に、あっちにふらふら、こっちにふらふらしながら、ときに人生を想えばよいのです。だって、一日中想ってろと言われてもね、それはしんどい。

A DAYの5と6、いいですよ。5は、クリスマスの夜に救急治療室で過ごす話。6は幼馴染みのタカトの話。笑えて、ちょっとしんみり、このひとの「オハコ」です。

単行本の裏には、略歴と一緒に作者の写真が載っています。

胸をはだけたアロハシャツ姿で、ダルそうに煙草を吸う辻内智貴は、もうすぐ還暦です。

「あとがき」の一番最後には、こんなことが書いてあります。

「人間は人間の手本になる必要などない。一つの「見本」であればいいのだと思う。どんな「見本」であれ、何かしら見る人の参考にはなるものだ。」

今回は最後まで、このひと人生を語ってます。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆辻内 智貴

1956年福岡県飯塚市生まれ。

東京デザイナー学院商業グラフィック科卒業。

ソロシンガーとして3年間ビクターに在籍。後にライブハウスなどでバンド活動を行う。

作品 「セイジ」「青空のルーレット」「いつでも夢を」「信さん」「ラストシネマ」「帰郷」など

関連記事

『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『ぼっけえ、きょうてえ』岩井 志麻子 角川書店 1999年10月30日初版 連日、うだるような暑

記事を読む

『火花』(又吉直樹)_書評という名の読書感想文

『火花』又吉 直樹 文芸春秋 2015年3月15日第一刷 又吉直樹は、今年でちょうど35歳に

記事を読む

『フォルトゥナの瞳』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『フォルトゥナの瞳』百田 尚樹 新潮文庫 2015年12月1日発行 幼い頃に家族を火事で失い天涯孤

記事を読む

『星の子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『星の子』今村 夏子 朝日新聞出版 2017年6月30日第一刷 林ちひろは中学3年生。病弱だった娘

記事を読む

『ふくわらい』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『ふくわらい』西 加奈子 朝日文庫 2015年9月30日第一刷 マルキ・ド・サドをもじって名づ

記事を読む

『漂砂のうたう』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『漂砂のうたう』木内 昇 集英社文庫 2015年6月6日 第2刷 第144回 直木賞受賞作

記事を読む

『ヒポクラテスの誓い』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ヒポクラテスの誓い』中山 七里 祥伝社文庫 2016年6月20日初版第一刷 浦和医大・法医学教室

記事を読む

『桜の首飾り』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『桜の首飾り』千早 茜 実業之日本社文庫 2015年2月15日初版 あたたかい桜、冷たく微笑む

記事を読む

『ヒポクラテスの悔恨』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ヒポクラテスの悔恨』中山 七里 祥伝社文庫 2023年6月20日初版第1刷発行

記事を読む

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』辻村 深月 講談社 2009年9月14日第一刷 辻村深月がこの小説で

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑