『凶犬の眼』(柚月裕子)_柚月裕子版 仁義なき戦い
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『凶犬の眼』(柚月裕子), 作家別(や行), 書評(か行), 柚月裕子
『凶犬の眼』柚月 裕子 角川文庫 2020年3月25日初版
広島県呉原東署刑事の大上章吾が奔走した、暴力団抗争から2年。日本最大の暴力団、神戸の明石組のトップが暗殺され、日本全土を巻き込む凄絶な抗争が勃発した。首謀者は対抗組織である心和会の国光寛郎。彼は最後の任侠として恐れられていた。一方、大上の薫陶を受けた日岡秀一巡査は県北の駐在所で無聊を託っていたが、突如目の前に潜伏していたはずの国光が現れた。国光の狙いとは? 不滅の警察小説 『孤狼の血』 続編! (角川文庫)
シリーズ初作 『孤狼の血』の刊行は、2015年8月のことでした。
舞台は昭和63年の広島、架空都市の呉原である。所轄に赴任した新米刑事の日岡秀一は、マル暴のベテラン刑事・大上章吾とタッグを組んで、ヤクザ絡みの失踪事件の捜査に乗り出す。その過程で目の当たりにしたのは、ヤクザ以上にヤクザな大上の 「悪徳刑事」 としての顔だった。
本書 『凶犬の眼』 は、その続編に当ります。
喧騒に満ちた灼熱の広島から、音もない極寒の北海道へ。プロローグのわずか七ページで、前作からがらっと空気が変わり、真新しい物語が始まることを予感させる。一章が始まるやいなや、さらに空気は変わる。(後略)
物語の序盤は、都会の刑事からド田舎の駐在さんへと転身した日岡の、鬱々とした心情が記録される。転勤後に流れたのは 〈無為に等しい時間〉 であり、〈この一年ちょっとのあいだに、使命感も熱い思いも薄れてしまっていた〉。
そんな中、
鬱屈した日岡の前に、超大物ヤクザが現れる。史上最悪の暴力団抗争・明心戦争の 〈抗争終結の鍵を握る人物〉 と目されており、日本最大の暴力団組織の組長殺害に関与したとして全国指名手配中の、国光寛郎である。一度目の出会いは偶然だったが、二度目の邂逅は、国光からのアプローチだった。
※明心戦争 - 「明」 は日本最大の暴力団組織、明石組。「心」は明石組と反目する、心和会。国光寛郎は心和会の傘下・義誠連合会で会長職にあります。
「あんたが思っとるとおり、わしは国光です。指名手配くろうとる、国光寛郎です」
「わしゃァ、まだやることが残っとる身じゃ。じゃが、目処がついたら、必ずあんたに手錠を嵌めてもらう。約束するわい」
必ず逮捕されるから、捕まるまでの猶予がほしい。そんな提案、かつての日岡であれば一蹴していただろう。(中略) しかし、大上という 「師」 から警察学校では絶対教えてもらえないことを学び、その 「血」 を受け継いだ自覚のある日岡は、国光に詳しい事情を問いただしたうえで、異例の提案を受け入れる。
本作の、ここからが佳境。
〈必ずあんたに手錠を嵌めてもらう〉。日岡が国光と交わした約束はいつ、どのような形で果たされるのか? また、前作は 「広島抗争」 が題材となっていたが、今作では史上最大の暴力団抗争と言われる 「山一抗争」 が題材に選ばれている。
しかし日岡は今作において、広島の 〈どん詰まり〉 の集落にいる。集落の外ではヤクザ同士の抗争が活発化しているものの、集落の中ではひたすらのどかな時間が流れているのだ。そうしたコントラストが、日岡の焦燥をさらに掻き立てる。ジリジリする彼の内面にひたすらフォーカスを当てながら、時限爆弾が破裂する瞬間を、今か今かと待ち望みながら読者もページをめくることとなる。(太字は全て解説より)
※書いているのは女性です。男性ではありません。「正義」 のことが書いてあるわけではありません。書いてあるのは 「仁義」 の通し方です。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆柚月 裕子
1968年岩手県生まれ。
作品 「臨床真理」「盤上の向日葵」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「検事の信義」「ウツボカズラの甘い息」「朽ちないサクラ」「孤狼の血」他多数
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