『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『果鋭(かえい)』(黒川博行), 作家別(か行), 書評(か行), 黒川博行

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷

右も左も腐れか狸や! 元刑事の名コンビがマトにかけたのはパチンコ業界。出玉の遠隔操作、極道顔負けの集金力、警察との癒着・・・・。我欲にまみれた20兆円産業の闇を突く。堀内信也、40歳。元々は大阪府警の刑事だが、恐喝が監察にばれて依願退職。不動産業界に拾われるも、暴力団と揉めて腹と尻を刺され、生死の世界をさまよった。左下肢の障害が残り、歩行に杖が欠かせなくなる。シノギはなくなり、女にも逃げられる・・・・。救ったのは府警時代の相棒、伊達誠一。伊達は強迫を受けたパチンコホールのオーナーを助けるため、堀内に協力を求めてきた。パチンコ業界-。そこには暴力団、警察も入り乱れ、私腹を肥やそうとする輩がうごめいていた。堀内は己の再生も賭け、伊達とともに危険に身をさらしながら切り込んでいく。(幻冬舎解説より)

『悪果』『繚乱』に続く〈堀内・伊達シリーズ〉の最新作。

黒川作品ではお馴染み、大阪府警を舞台に名物刑事たちが繰り広げるボケとツッコミ、無茶を承知の追込みと容赦ない暴力に一気読み間違いなしの痛快悪漢小説!! - と言いたいのですが、ひとつ、これまでとは大きく違うところがあります。

堀内と伊達、彼らはもはや刑事ではありません。堀内は依願退職、伊達は懲戒免。違いこそあれ、二人は既に大阪府警を退職しています。彼らにとって何よりの武器だった「マル暴の刑事」という〈金バッジ〉を外した後に、この話は始まって行きます。

『果鋭』の「果」という字には、くだもの、木の実、の他に、「出来栄え」「仕上がり」、あるいは「やり遂げる」といった意味があり、「何かを果たす」という大層良い意味で使われます。「果鋭」とは、「決断力に富み、思い切りのよいこと」を言います。

- とするなら、たしかに、堀内と伊達とはおよそ並みの人間にはできないことを「やり遂げ」ます。悪事を裁くという点では、死をも覚悟の危険を承知で、彼らは業界に蔓延る悪しき慣例を解明し、組織の末端に至るまでを徹底的に潰そうと画策します。

警察官としてではなく、単に不動産屋の調査員として(この時は伊達だけが社員で、伊達は無為に暮らす堀内に仕事の協力を求めます)、彼らは「言われた以上」の仕事をします。会社へは最低限の報告で、二人は、それとは別の「シノギ」をしようとしています。
・・・・・・・・・
折々に核心に迫るネタを握る人物を炙り出しては真相を質そうとするのですが、そのそれぞれが、右も左も腐れか狸、であるわけです。

二人は、ついこの間まで大阪府警にいた、泣く子も黙る元暴対の現職刑事です。不正がバレて馘首になった元パチンコホールの店長や暴力団幹部、紳士面した策士を前に、「わからん」「そんなことは忘れた」などと言われて「ああそうですか」で済ますはずがありません。

伊達と堀内は、事あるごとに人を攫います。怪しいと目星を付けるや否や、二人は迷わず面会を求めます。穏やかな内に話を進め、核心に至って相手が嘘を言うのがわかると、そこは気付かぬ風を通します。それはその場で収め、あとで攫って痛め付けます。

その仕業が、およそ容赦というものがありません。加減知らずで、死ぬかと思う間際まで責め立てます。肘が折れ、膝が潰れて立てなくなっても平気な顔をしています。現職当時幾度も修羅場を潜り抜けてきた彼らにすれば、何ほどもない手慣れた仕事で、

特に、伊達の強さは半端ではありません。柔道四段。大阪府警の強化選手だった頃は、身長180センチで、体重95キロ。伊達は今でも千里山の道場で、学生や社会人に稽古をつけています。

たとえヤクザや半グレであろうと、二人に目を付けられたら一巻の終わり - 素直に従えばいいものを、大概は下に見て殴り掛かろうとします。挙句、顔の形もわからないくらいに殴り返され、逆らうと、さらに二人は凶暴になります。

そんなこんなで、二人は刑事を辞めるまでになっています。おまけに堀内は左足に一生傷を負い、杖がないと歩けなくなっています。伊達は元相棒の堀内を思い、たまたま持ちかけられた仕事に、「余禄」があるのではと考え、堀内を呼び出すことを思い立ちます。

- と、結局は、二人は府警時代とまるで変わらない「シノギ」をしようとしています。毎晩のようにミナミやキタで酒をのみ、ホステスを囲い、分不相応の金をばらいてもまわしていけたあの頃みたいに、間違っても表沙汰にはならない大金を、また稼ごうとしています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆黒川 博行
1949年愛媛県今治市生まれ。京都市立芸術大学美術学部彫刻科卒業。妻は日本画家の黒川雅子。

作品 「二度のお別れ」「雨に殺せば」「八号古墳に消えて」「ドアの向こうに」「悪果」「疫病神」「国境」「破門」「後妻業」「勁草」「喧嘩」他多数

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