『硝子の葦』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/03/11 『硝子の葦』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(か行), 桜木紫乃

『硝子の葦』桜木 紫乃 新潮文庫 2014年6月1日発行


硝子の葦 (新潮文庫)

 

桜木紫乃が好きである。

 

私にとって、今一番読みたい作家です。

何にそんなに惹かれるのかと言いますと、誠に個人的なことですが、小説の舞台が北海道であることです。

それも随一の都会である札幌などではなく、はるか道東に位置する釧路の町であること。

かつての賑わいが嘘のように、衰退の気配が漂う薄曇りの海沿いの町や、葦で覆われたどこまでも広い湿原の景色は桜木紫乃の小説によく似合います。

北端の地にしかない日常..町から色彩を消し去る霧や霙雪、海からの横殴りの雨風...それらは作者が伝えようとする心象を鮮やかに代弁しているようです。

・・・・・・・・・・・

釧路からさらに東方、根室寄りの厚岸(あっけし)町にあるスナック「バビアナ」が、かつて母と暮らした幸田節子の実家でした。

会計事務所を経営する税理士の澤木と一緒に実家を訪ねた後、節子は「忘れ物をした」と澤木を車に待たせたまま再び実家のスナックへ戻ります。

その直後に爆発火災は起こり、焼跡から節子と思われる女性の焼死体が見つかります。一体そこで何があったのか...

 

物語は、そこから巻き戻されて始まります。

釧路でラブホテルを経営する節子の夫・幸田喜一郎が交通事故を起こして、意識不明の重体になります。

喜一郎が自爆事故のように土留めに突っ込んだシーサイドラインの現場は、節子の実家に近い場所でした。

実家にいる母・律子はかつての喜一郎の愛人で、節子はかつて母親と情交のあった、歳の離れた男と所帯を持つという際立った因果の母子でした。

喜一郎と律子の関係は今もって継続しているようでもあり、節子は節子でかつて勤めていた会計事務所の澤木との関係が切れることはありませんでした。

一方で、節子は初めての歌集「硝子の葦」が上梓されたことがきっかけで、同じ短歌教室の佐野倫子と娘のまゆみ親子と知り合い、やがてまゆみが受けている虐待に気付きます。

倫子の頼みでまゆみを預かることになり、まゆみを家出した喜一郎の娘・梢のアパートへ匿うあたりから節子の日常は徐々に狂い始めるのでした。

まゆみに対する虐待の加害者が父親の佐野であったこと、その佐野が仕組んだ誘拐事件の顛末、節子の母・律子の失踪を予感させる電話...

・・・・・・・・・・・

喜一郎との夫婦関係や澤木との醒めた情交、短歌教室の古株連中や倫子にみせる無機質な言動に、節子が行き着いた諦念をみるようです。

質の悪い大麻を吸う梢を辛辣に説諭し、幼いまゆみと正対し、倫子の夫に対して粛々と臆することなく計画を実行する姿に、節子の強い意志と覚悟を感じます。

打算的にも見える節子ですが、内実は生きることへの執着をどこにも見出せず、埋められない空白を抱えて生きる彼女の方便だったような気がします。

身体が繋がることで得られるものなどそう多くはないことも、彼女はずっと以前から気付いていたのです。

節子の傍に寄り添う澤木は、とうとう最後まで報われない脇役のまま、節子との心の距離は近づくことがありませんでした。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


硝子の葦 (新潮文庫)

◆桜木 紫乃

1965年北海道釧路市生まれ。

高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。

24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。

2007年『氷平線』でデビュー。

ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。

作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「起終点駅」「ホテルローヤル」「無垢の領域」「蛇行する月」「星々たち」など

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文

『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 海よりもまだ深く

記事を読む

『風に舞いあがるビニールシート』(森絵都)_書評という名の読書感想文

『風に舞いあがるビニールシート』森 絵都 文春文庫 2009年4月10日第一刷 風に舞いあがる

記事を読む

『孤虫症』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『孤虫症』真梨 幸子 講談社文庫 2008年10月15日第一刷 孤虫症 (講談社文庫)

記事を読む

『ことり』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ことり』小川 洋子 朝日文庫 2016年1月30日第一刷 ことり (朝日文庫) &nb

記事を読む

『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版 高校入試 (角川文庫) &n

記事を読む

『仮面病棟』(知念実希人)_書評という名の読書感想文

『仮面病棟』知念 実希人 実業之日本社文庫 2014年12月15日初版 仮面病棟 (実業之日本

記事を読む

『月桃夜』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『月桃夜』遠田 潤子 新潮文庫 2015年12月1日発行 月桃夜 (新潮文庫nex) この世

記事を読む

『カラフル』(森絵都)_書評という名の読書感想文

『カラフル』森 絵都 文春文庫 2007年9月10日第一刷 カラフル (文春文庫) 生前の罪

記事を読む

『砕かれた鍵』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『砕かれた鍵』逢坂 剛 集英社 1992年6月25日第一刷 砕かれた鍵 (百舌シリーズ) (集

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 ホテルローヤル &nb

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『安岡章太郎 戦争小説集成』(安岡章太郎)_書評という名の読書感想文

『安岡章太郎 戦争小説集成』安岡 章太郎 中公文庫 2018年6月25

『リリース』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文

『リリース』古谷田 奈月 光文社 2016年10月20日初版 リ

『ユートピア』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『ユートピア』湊 かなえ 集英社文庫 2018年6月30日第一刷

『暗幕のゲルニカ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『暗幕のゲルニカ』原田 マハ 新潮文庫 2018年7月1日発行

『もう「はい」としか言えない』(松尾スズキ)_書評という名の読書感想文

『もう「はい」としか言えない』松尾 スズキ 文藝春秋 2018年6月3

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑