『硝子の葦』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『硝子の葦』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(か行), 桜木紫乃
『硝子の葦』桜木 紫乃 新潮文庫 2014年6月1日発行
今私にとって一番読みたい作家さんです。何にそんなに惹かれるのかと言いますと、誠に個人的なことではありますが、小説の舞台が北海道であるということです。
それも随一の都会である札幌ではなく、はるか道東に位置する釧路の町であること。かつての賑わいが嘘のように衰退の気配が漂う薄曇りの海沿いの町や、葦で覆われたどこまでも広い湿原の景色は、桜木紫乃の小説にとてもよく似合います。
北端の地にしかない日常..町から色彩を消し去る霧や霙雪、海からの横殴りの雨風...それらは作者が伝えようとする心象を鮮やかに代弁しているようです。
釧路からさらに東方、根室寄りの厚岸(あっけし)町にあるスナック「バビアナ」が、かつて母と暮らした幸田節子の実家でした。
会計事務所を経営する税理士の澤木と一緒に実家を訪ねた後、節子は「忘れ物をした」と澤木を車に待たせたまま再び実家のスナックへ戻ります。
その直後に爆発火災は起こり、焼跡から節子と思われる女性の焼死体が見つかります。一体そこで何があったのか...
物語は、そこから巻き戻されて始まります。
釧路でラブホテルを経営する節子の夫・幸田喜一郎が交通事故を起こして、意識不明の重体になります。
喜一郎が自爆事故のように土留めに突っ込んだシーサイドラインの現場は、節子の実家に近い場所でした。
実家にいる母・律子はかつての喜一郎の愛人で、節子はかつて母親と情交のあった、歳の離れた男と所帯を持つという際立った因果の母子でした。
喜一郎と律子の関係は今もって継続しているようでもあり、節子は節子でかつて勤めていた会計事務所の澤木との関係が切れることはありませんでした。
一方で、節子は初めての歌集「硝子の葦」が上梓されたことがきっかけで、同じ短歌教室の佐野倫子と娘のまゆみ親子と知り合い、やがてまゆみが受けている虐待に気付きます。
倫子の頼みでまゆみを預かることになり、まゆみを家出した喜一郎の娘・梢のアパートへ匿うあたりから節子の日常は徐々に狂い始めるのでした。
まゆみに対する虐待の加害者が父親の佐野であったこと、その佐野が仕組んだ誘拐事件の顛末、節子の母・律子の失踪を予感させる電話...
・・・・・・・・・・・
喜一郎との夫婦関係や澤木との醒めた情交、短歌教室の古株連中や倫子にみせる無機質な言動に、節子が行き着いた諦念をみるようです。
質の悪い大麻を吸う梢を辛辣に説諭し、幼いまゆみと正対し、倫子の夫に対して粛々と臆することなく計画を実行する姿に、節子の強い意志と覚悟を感じます。
打算的にも見える節子ですが、内実は生きることへの執着をどこにも見出せず、埋められない空白を抱えて生きる彼女の方便だったような気がします。
身体が繋がることで得られるものなどそう多くはないことも、彼女はずっと以前から気付いていたのです。
節子の傍に寄り添う澤木は、とうとう最後まで報われない脇役のまま、節子との心の距離は近づくことがありませんでした。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
2007年『氷平線』でデビュー。
ゴールデンボンバーの熱烈なファンであり、ストリップのファンでもある。
作品 「氷平線」「凍原」「ラブレス」「起終点駅」「ホテルローヤル」「無垢の領域」「蛇行する月」「星々たち」など
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