『ブルース』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2019/11/27 『ブルース』(桜木紫乃), 作家別(さ行), 書評(は行), 桜木紫乃

『ブルース』桜木 紫乃 文芸春秋 2014年12月5日第一刷


ブルース

昨年12月に出た桜木紫乃の新刊 『ブルース』 を読みました。桜木紫乃には珍しく男性が主人公の連作短編。両手足の指が6本ある寡黙な男、影山博人が絡む8人の女を描いた物語です。

中学時代を描いた 「恋人形」 に始まり、博人が年齢を重ねていくなかで知り合った8人の女たちの心情が綿々と綴られています。女たちを狂おしい恋情の渦に巻き込み、経験のない、あるいは忘れかけていた女の激しい劣情を喚起したのが博人であり、博人の “指” でした。

恋人形」  牧子は 「高台」、博人は 「下の町」 の住民でした。牧子が初めて博人と話したのは中学三年の夏休み。車から落ちる秋刀魚を拾おうとして轢かれそうになった子供を助けた博人に、牧子は自分のハンカチを差し出したのでした。

楽園」 敏江は、裁断機で右手の指を潰した博人の看病を頼まれたとき、博人と関係をもちます。二度目は、博人の母親が精神病院で死んだとき。交わりが済んだ後、博人は新しいまな板と出刃包丁を用意すると、右手の6本目の指を切り落としてくれと敏江に頼みます。

」 美樹の中で、今までの影山博人は「六本指の男」でした。勧められるままに買った男が博人で、釧路行の列車で再会してから今では三日と開けずに会うようになっています。夫の健太郎とは相変わらずすれ違いの生活で、美樹は家を出ようと決心します。

ブルース」 圭の夫・修司は、40歳半ばでその生涯を閉じようとしています。32歳で未亡人になろうとしている圭に明るい未来はなく、あるのは商売の負債ばかりでした。圭は、かつて「下の町」で共に暮らした博人に、修司が入院する病院のロビーで出会います。

カメレオン」 パトロンが行方をくらまし、店を閉めることにしたまち子は、当座の小遣い稼ぎに裏ビデオの撮影に臨みます。役に立たなくなった相手役と代わった影山に、まち子の躰は翻弄されます。行き場のないまち子に、影山は釧路行の切符を差し出します。

影のない街」 絵美ちゃんもきっと、ママみたいになるんだろうね・・・・・・・。やり手の母親がブティックを手放し、絵美も喫茶店を閉めようとしています。店があるビルのオーナー・影山博人には、絵美の生来の気質も見透かされていました。

ストレンジャー」 千雪の兄・雄太は、市長選に立候補しています。参謀の影山は40代後半、歓楽街の主だったビルを全て手中に収めています。影山にとり雄太の当選は既定事実で、千雪の勤めるバーに雄太を呼び寄せた影山は、前祝に裸踊りをしろと二人に命じます。

いきどまりのMoon」 莉菜が写真コンテストの新人賞を受賞した作品「Moon」は、セーヌ川に架かる夜の橋で、ヒロトをモデルに撮った一枚でした。個展の準備の後、食事の前にヒロトはかつて自分が生まれ育った「下の町」へ莉菜を連れて行きます。

影山という男はどこまでも非情で、裏世界を牛耳る胆力を備えた人物ですが、小説の中ではその性分を濃く匂わせながらも、多くは穏やかで紳士的な姿が描かれています。ここぞという時に限り剛腕をふるうのですが、それが一層の凄味になっています。

彼は、ある時「俺には、白と黒しか要らないんだ」と語ります。おそらく彼は、財を成した自分を誇らしくなど思ってはいませんし、それに代わる野望も持ち合わせてはいません。暮らしに必要な蓄えさえあれば十分で、金の多寡などはなから気にはしていません。

悲惨を極めた生い立ちから、影山は生きるための方便を学びます。しかし一方でそれは、方便からは決して得られないものを知る道程でもあったのでした。いかほどの資産家になろうとも、彼は充足しません。余分な指を切り落としても、彼に平静は訪れません。

桜木紫乃は、巧みに影山博人を操ります。躰を解放される女たちにとって、影山はもはや有能な性具であり、拒めない指の動きに翻弄された挙句、影山の意思を無視して女たちは忘我の彼方へと沈んでいきます。それは性愛にかかる極致の表現にも感じられます。

これまでの桜木作品に登場する女性は限りなく不幸な女性で、ヒロインは時に母親を殺して生き延びようとしたり、次から次へと不運が際限なく続いたりします。救いようのない状況で彼女たちが経験するセックスは、一方的で味気ないものでしかありません。

それに対し、『ブルース』 に登場する女性たちは、ほんの少しですが、不幸の皮を薄くしています。その上で女性が虜になるような極上の性愛を描いています。それがために造形されたのが影山という男で、彼はそれ以上でも以下でもありません。

この本を読んでみてください係数  90/100


ブルース

◆桜木 紫乃

1965年北海道釧路市生まれ。

高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。
24歳で結婚、専業主婦となり2人目の子供を出産直後に小説を書き始める。
2007年『氷平線』でデビュー。

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