『夜の床屋』(沢村浩輔)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『夜の床屋』(沢村浩輔), 書評(や行)

『夜の床屋』沢村 浩輔 創元推理文庫 2014年6月28日初版

久しぶりに新人作家の、しかもデビュー作を読みました。略歴にも書きましたが、沢村浩輔はこの作品で「第4回ミステリーシリーズ! 」の新人賞を受賞しています。

最初にお願いしておきますが、絶対に最後まで読んでください。連作短編集と紹介されているので心配ないとは思いますが、途中で読むのをやめたり、途中から読んだりしたらこの作品は台無しなのです。騙されたと思って、「辛抱して」ラストまで辿り着いてください。

「葡萄荘のミラージュⅠ」「葡萄荘のミラージュⅡ」から「『眠り姫』を売る男」「エピローグ」までは一つの短編として読むことができます。但し、前半部3編が別個の物語かというと、そこが微妙で尚且つこの連作が過去にない秀作である所以でもあるのです。

「夜の床屋」は大学生の佐倉とその友人・高瀬が、行楽で訪れた山中で道に迷ったところから始まります。ようやく辿り着いた無人駅の周辺には店らしい店もなく、駅舎で寝ることにした二人は、夜に不思議な光景を目にします。

来たときは廃屋にしか見えなかった理髪店に灯りが点いているのです。そこには店主の三上と二十歳くらいの娘・夏美がいました。時刻は11時を過ぎています。三上から夜更けに営業している理由を聞き出すと、納得した二人は再び駅舎へ戻って寝込んでしまいます。

事の真相が判明するのは翌日です。二人は、朝食のために入った喫茶店で、通信社の記者を名乗る秋本という男から三上の意外な素性を聞くことになります。
・・・・・・・・・・
この辺りは、決して面白くないわけではないのですが、解説曰く「日常密着型」のミステリーの典型のようで、悪く言うと「あれ?これで新人賞・・」と一瞬思うかも知れません。続く「空飛ぶ絨毯」と「ドッペルゲンガーを捜しにいこう」も、物語の謎自体は工夫されて興味も引くのですが、結末についてはやや曖昧で、十分なカタルシスを得ぬままに後を引くといった感じで終わっています。

そして、後半の「葡萄荘のミラージュⅠ」。物語の舞台である洋館「葡萄荘」は、初代当主・峰原幸吉の遺言で、幸吉の恩人・ローランド卿もしくはその後継者に譲り渡す目的で建てられた別荘でした。外観から内装、調度品に至るまで一切手を加えてはならないとも書かれています。

友人の峰原から頼まれて、佐倉と高瀬は「葡萄荘」を訪れることになります。友人の峰原にとって、幸吉は高祖父にあたります。近々売却される予定の「葡萄荘」に忍び込んで、隠された財宝を見つけ出す手助けに峰原は佐倉たちを誘ったのでした。

奇妙な遺言に財宝の行方、佐倉たちが到着する前に肝心の峰原は姿を消し、なぜか「葡萄荘」には多くの猫が集まっています。峰原の弟・拓美と共に、佐倉と高瀬は「葡萄荘」に隠された秘密の解明に挑みます。

その結果が思わぬ方向へ転換していくのが「葡萄荘のミラージュⅡ」であり、「『眠り姫』を売る男」です。舞台はいつの間にか日本を遠く離れ、北西ヨーロッパのスコットランド
の深い森の奥、通称〈ウィリアム八世の監獄〉と呼ばれる拘置所へと急転換します。
・・・・・・・・・・
佐倉たちが葡萄荘で探り当てた事実の先には、想像もつかない世界が待ち受けていました。解説ではそれを「ファンタジー」という言葉で表現しています。文庫の裏では「不可思議でチャーミングな・・・」という風になっています。

何がファンタジーなのか、どこがチャーミングなのか、それは最後まで読んだ方のお楽しみに残しておきましょう。

ひょっとすると、「なーんだ、そんなことかよ」と仰る方がいるかも知れません。しかし、少なくとも私に限って言うと、『夜の床屋』という地味なタイトルとノスタルジックな表紙からイメージした内容を180度ひっくり返してみせてくれた、沢村浩輔という新人作家に惜しみない拍手を送りたいと思うのです。最後まで読んだ、読者の一人として。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆沢村浩輔

1967年大阪府生まれ。

阪南大学経済学部卒業。『夜の床屋』で第4回ミステリーシリーズ! 新人賞を受賞して、作家デビューする。

作品 「ユーレイ屋敷の人形遣い」

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『Yuming Tribute Stories』(桐野夏生、綿矢りさ他)_書評という名の読書感想文

『Yuming Tribute Stories』桐野夏生、綿矢りさ他 新潮文庫 2022年7月25

記事を読む

『雪の練習生』(多和田葉子)_書評という名の読書感想文

『雪の練習生』多和田 葉子 新潮文庫 2023年10月5日 6刷 祝 National Bo

記事を読む

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年4月1日発行

記事を読む

『夜また夜の深い夜』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『夜また夜の深い夜』桐野 夏生 幻冬舎 2014年10月10日第一刷 桐野夏生の新刊。帯には

記事を読む

『疫病神』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『疫病神』黒川博行 新潮社 1997年3月15日発行 黒川博行の代表的な長編が並ぶ「疫病神シリー

記事を読む

『よるのばけもの』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『よるのばけもの』住野 よる 双葉文庫 2019年4月14日第1刷 夜になると、僕

記事を読む

『ヤイトスエッド』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『ヤイトスエッド』吉村 萬壱 徳間文庫 2018年5月15日初刷 近所に憧れの老作家・坂下宙ぅ吉が

記事を読む

『優しくって少しばか』(原田宗典)_書評という名の読書感想文

『優しくって少しばか』原田 宗典 1986年9月10日第一刷 つい最近のことです。「文章が上手い

記事を読む

『八日目の蝉』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『八日目の蝉』角田 光代 中央公論新社 2007年3月25日初版 この小説は、不倫相手の夫婦

記事を読む

『夜蜘蛛』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『夜蜘蛛』田中 慎弥 文春文庫 2015年4月15日第一刷 芥川賞を受賞した『共喰い』に続く作品

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑